第三百八十一話 シュウの逆鱗
その日のシュウはいつもと違った。一緒に帰ろうと教室に来たリンの肩に手を乗せると「もう来るなって」一言言った。感情らしいものを込めない無機質な声音。兄の良心に付け入る隙もなかった。
シュウは友人に囲まれながら教室を出ていった。森川がリンに声を掛ける。
「リンちゃん、あいつに悪気はないんだ。氷川統一間近で気が立っているんだよ。勘弁してやってくれ」
「……ありがとうございます。私は一人で帰りますね」
リンはペコリと頭を下げるとシュウとは逆の方向から下駄箱へ向かった。夢遊病のように靴を履き、半ば呆然として校門を出る。
しつこかっただろうか。嫌われてしまっただろうか。もう一緒に寝てくれないだろうか。もう一緒にいられないのだろうか。グルグルグルグルと不安が心臓に纏わりつく。
(お兄ちゃんが星の家から出ていったら私は独りになってしまうの?)
気が付くと囲まれていた。西中の不良達だった。中心にいる青い髪の女がリンを見ている。周りの反応からリーダーだと分かった。
リンは周囲を見渡した。通行人はいるが足早に去っていく。巻き込まれたくない。そんな感じだった。
「アタシは西中の秋野。一応、頭張ってんよ。あんたシュウの妹のリンだろ?」
リンは小さく頷いた。
「ちょっと一緒に来てくれない? シュウをおびき出す餌になってもらうよ」
「私が捕まっても……お兄ちゃんは来ないよ」
先刻のシュウの態度を思い出して自棄になっていた。兄に嫌われたら生きていても仕方がないと思っていた。
「へー、噂には聞いていたけど。マジで仲悪いんだぁ? 超ウケる」
その問いには答えずに目を逸らす。秋野はリンの頬を叩くとセーラー服の襟元をねじり上げた。
「ねえ、試してみれば? お兄ちゃんが助けに来るのか来ないのか。気にならねーの?」
耳元で囁かれる悪魔の言葉。
「……え?」
秋野はリンを突き飛ばす。後ろにいた不良達がそれを受け止めた。「おら、騒ぐなよ」太い腕で拘束される。「い、痛い……です」足が浮くほどの力だ。秋野はスマホを操作して仲間と連絡を取った。
◆
河川敷沿いで南中と西中の乱闘が起こっていた。五十人規模の喧嘩だ。
「南中が勝ぁぁぁつ!」
エレキのマナを纏ったシュウが西中の不良達を豪快に殴り倒していく。それが突破口になった。シュウに士気を上げられた南中の不良達が突進してくる。
「よっしゃぁ! 氷川統一だぁぁ!」
シュウが勝利を宣言すると自軍から雄叫びがあがった。森川が笑いながら拍手をしている。
「こっちもだいぶやられたが、これで決まりだろ。秋野はいなかったが南中の勝利だ。今日この日は伝説になる。お前は大した奴だぜ!」
シュウと森川は拳をコツンと合わせた。
「お前さ、不良ごっこは終わったんだし、リンちゃんに優しくしろよ。たった一人の妹なんだろ」
「ごっこじゃねーよ」
シュウは舌打ちをして視線を切った。その先には夕日色に染まった川が流れている。
「中学に上がってからかな。あいつとの付き合い方が分からなくなっちまった。俺が拒絶してもあいつは慕ってくる。意味分かんねーよ。さっさと嫌えよ、俺を。あいつは頭が良いし見た目も良い。すぐに里親が見付かる。そんな時に俺みてーな不良がいたら台無しだろ。どう考えたって良い結果にはならねーじゃん。俺という存在があいつの未来を閉ざすわけにはいかねーんだ」
森川は口を挟まず、初めて語られるシュウの本音を聞いていた。
「俺は施設を出て一人でやっていくさ。あいつは普通に結婚して幸せになってくれればいいよ」
「お前……」
森川が口を開こうとした時――ブオンブオンブオォォン! けたたましいバイクのエンジン音が響き渡った。五台のバイクが旋回している。西中の増援だった。リーゼントの男がバイクを降りると肩を揺らしながら歩いてくる。
「おい、シュウ! 俺達と一緒に来てもらうぞぉ!」
「なんでだよ」
「へっへっへ! コレ見ろよぉ。興奮するぜぇ」
スマホの画面を見せられた。
「……は?」
動画にリンが映っていた。頬が腫れて口元からは血が出ている。セーラー服が土で汚れていた。どこかの廃墟のようだ。リンは地面に座っており、その周りにはガラの悪い不良達がたむろっている。
「素直に言うことを聞かねーと、可愛い妹が剥かれて回されんぞ♪ ふひひ、俺たちゃ穴兄弟ってかぁ?」
ブチッ――シュウがキレた。神速の電拳が男の顔面にめり込む。バリバリッ! ドカンッ! 鮮血を撒き散らし数メートル吹き飛んだ。男は失神してピクリとも動かない。しん……と静まり返る。
「てめぇら……俺の妹に何してくれてんだよ」
金色の瞳が殺気を放った。




