第三百七十九話 ランの背中を追って
男達は何度も振り返りながら廃墟街を走っていた。虎爪の下位組織の構成員である。西中の不良に助っ人として呼ばれ、「中学生の抗争なら異能の試し撃ちにちょうどいいだろう。オーケーオーケー!」と二つ返事で引き受けたのだが……。
「ちきしょう、南中のガキどもが! 挟み撃ちにしてきやがった!」
徘徊していた南中のグループに西中と総攻撃を仕掛けた直後、背後から本隊が現れたのだ。シュウを先頭にして一気に切り込まれた男達は散り散りになり逃走していた。
「ノーギャラじゃやってらんねぇよ! カイスさんに報告だ!」
男達は工場の中に身を隠した。そろそろ日が暮れる。闇に紛れて逃げようと考えていた。しかし馬鹿でかい声が響き渡る。
「ぎゃっはっは、袋のネズミだぜ! おっさん達ぃー!」
シュウが出口を塞ぐようにして仁王立ちしている。「くそ、手加減すんな! サイキネでやっちまえ!」男達は舌打ちをするとマナを練り始めた。
「お前らぁぁぁ! 俺達南中は相手が反社だろうが絶対引かねぇー! 今だぁぁー! 攻め込めぇぇぇー!」
シュウの怒号とともに南中の不良がなだれ込んできた。「うおおお!」と雄叫びを上げ、射出されたマナ弾をかき分けて突進していく。
「異人だって正義の味方になれるんだぁぁー! こいつらぶっ飛ばしてそれを証明してやるぞぉぉー!」
乱戦の中でもシュウの声はよく通り、中学生とは思えないカリスマ性があった。メンバーの士気が上がっていく。異人の少年達は劣等感の塊だ。それをパワーに変えてマナ量が増えている。激しい異能の撃ち合いになったが、程なくして決着がついた。
「しゃぁ! 南中の勝利だぁぁぁー!」
シュウが拳を突き上げると再び雄叫びが上がる。背後にいた森川が素直に称賛した。
「西中の最後っ屁かね、半グレに応援頼むとは。それにしても挟み撃ちとはなぁ、お前にしては頭使ったってことか」
君は真っすぐ過ぎます――先日のソジュンの助言が活きていた。シュウはニヤリと笑う。盛り上がるメンバーを見ながら森川が言った。
「このまま氷川を統一できると思うか?」
「当ったり前だろ! それより塾はいいのかよ?」
「伝説を目撃したい気持ちが湧いてきたのさ。残るは秋野だろ。最後まで付き合うぜ」
シュウと森川は互いの拳をコツンと合わせた。
◆
東銀と対をなす異人歓楽街の一宮。そこに老朽化が進んだ赤煉瓦の雑居ビルが建っており、二階にランが経営する金蛇警備の事務所が入っている。
「社長。ちょっとご報告したいことがあります」
そう言うのはショートカットが可愛らしいスポーティーな女性だ。名を高橋という。女子学生のように幼い容姿だが、しっかりと成人している。ひとたび戦闘になれば容赦のないエアロ系の技を発動させる体育会系のストレンジャーだ。
「なにさ。報告したいことって?」
ランがパソコンから顔を上げる。
「シュウ坊ちゃんのことです。氷川四中抗争のことはご存じですよね。坊ちゃんが率いる南中が破竹の勢いで勝ち進んでいます。中学校の範疇ですが、氷川統一は近いでしょう」
「しゅうちんには金蛇の血が流れているからねえ。ゴリラが学ラン着て歩いているようなものさ。色々と持て余しているのよ」
「ただ……抗争が大きくなって学生同士だけでは収まらなくなっているようです。先日、坊ちゃんは龍尾と接触し、虎爪の下位組織を撃退しました」
その報告を聞いてランの眉間にシワが寄った。
「……危険だなぁ。あの子はまだ子供だから怖いもの知らずなのよ。氷川の異人街は広くて深い。頭のネジが外れたストレンジャーが何人もいるわ」
「今回の抗争にはサイレントキラーと呼ばれる異人が暗躍しているそうです。姿形や異能は謎ですが、音もなく忍び寄り対象に重傷を負わせるとか。四中の生徒が何人もやられています」
ランは腕を組むと目を閉じた。最近のシュウはランに反発している。敵意のようなものを向けてくることすらあった。素直に助言を聞くとは思えない。端正な顔を歪めて愚痴をこぼした。
「子供の頃は天使みたいに可愛い男の子だったのよね、思わずムラムラするくらいに。それが今じゃ憎たらしいヤンキーよ? 最近、私嫌われちゃっているのよねぇ。小学生の頃に沢山チューしたからグレたのかしら。リンが暗いのもそのせい?」
机に突っ伏して珍しく弱音を吐くランを見て高橋は苦笑する。
「坊ちゃんは社長の背中を追っているんですよ」
「えぇ! 育て方間違えたかなぁって自信なくしているんだけどぉ〜?」
「弊社は異人街の自警団的役割を担っているでしょう。坊ちゃんはそれを見て育ったんです。氷川統一はその使命感の裏返しでしょう。社長は母親としての責務をしっかり果たしておられます」
「そっかぁ……」
生みの親ではないがシュウとリンに愛情をたっぷり注いできたつもりだった。しかし順風満帆とは言い難い。現に子育ての壁にぶつかっている。
「それに不良といっても正義の不良ですよ! 硬派でモテるようですし!」
「あんた、詳しいじゃない。まさかストーカーしているんじゃないでしょうね」
「え? あははは……私は坊っちゃんラブを公言していますから」
にまにまと笑い妄想にふける高橋へ生温かい視線を送る。やはり愛に勝るものはないのだろうか――ランはフウと溜息をつく。
「はぁー、得がたい経験だわよ。まったく」
ランはスマホの待ち受けにしている兄妹の画像を眺めながら力なく微笑んだ。




