第三百七十五話 龍尾と虎爪
東銀のスラム街を男女が歩いていた。龍尾のソジュンとルーである。まだ龍尾に入って数年のソジュンは新人扱いだ。姐御気質のルーにしごかれる毎日だった。
「ちょっとソジュンくん。きみはもっと筋肉つけなさいよ。ヒョロッとしちゃって芸能人にでもなるつもり?」
「い、いえ。すいません、太れない体質なんですよ」
ソジュンは韓国の俳優を彷彿とさせるイケメンだ。ルーは華奢な女だが岩をも割る筋肉の持ち主で、得意技の<超硬気功>は必殺の拳である。二人は性格も戦闘スタイルも真逆だった。
「最近、龍尾の縄張りで他組織の売人が仕事しているって噂なの。覚醒剤や大麻なら見逃すけどDMDは無理よ。黒龍のハオラン殿が怒っているわ。見つけ出してケジメつけろって息巻いているのよ」
龍尾の本拠地は川成だが東銀にも支部を持っている。東銀は日本で最大規模の異人街でDMDの需要が多い。外せない麻薬市場だった。二人は龍尾の息がかかった飲食店を回って情報収集を開始した。
「あー、そりゃ虎爪の連中じゃねーかなぁ」
スキンヘッドのキャッチが電子タバコを吹かしながら答えた。独特の甘酸っぱい匂いが辺りに漂っている。ルーが煙たそうに眉をひそめながら問うた。
「……どんな組織よ」
「最近この界隈で勢力を伸ばしている新興の異人組織だ。中東や東国の難民が多くて気性が荒い。盗み、暴行、麻薬……何でもやる奴らさ。ある意味、龍王よりウザいかもな。へへへ」
キャッチは目が充血していてテンションがおかしい。ルーは露骨に嫌な表情を浮かべる。
「……ったく。真っ昼間からパキってんじゃないわよ! で、どういうルートでDMDを売っているの?」
「うーん、どうやってんだろうなぁ。普通にドラグラムとドラッターで集客していると思うが……あいつら逃げ足が速いっていうか、尻尾を出さないからな。協会も手を焼いているらしいぜ」
そこまで話すとソジュンを見た。ニタリと下品に笑う。
「それより、どうだい? そこの兄ちゃん。うちで遊んでいかねーか? 俺好みの可愛い顔してっからサービスしとくぜぇ。へっへっへ」
「うひゃぁー! ぼ、ぼぼぼ僕は遠慮しますー!」
キャッチに尻を撫でられてソジュンは震え上がった。純朴な青少年には刺激が強い店である。ルーがその腕を捻りあげた。
「うちのソジュンくんに手を出したら殺すわよ!」
「いててて! 冗談! 冗談だってば! 姐さーん」
ルーは気まずそうに視線を逸らすソジュンの頬に手を添えて真正面から見据えた。艶のある長髪からカモミールのアロマがフワッと香る。ソジュンは思わずドキッとして赤面した。
「きみはイイコなんだから身体を大事にしなさいね。好きな人ができたら必ず私に報告すること。私の許可なく交際は認めないわ。いいわね?」
「は、はい」
ソジュンは最近ドラッグの売人になった。売人はオーケーで女遊びが駄目な理由は分からなかったが、ルーはうんうんと首を振る。
「次行くわよ」
巨大地下都市――氷川ジオフロントへの階段を下りていく。ソジュンは慌てて後を追った。
「そうだ、ソジュンくん。この辺りで異人中学生の抗争が起こっているの。聞いたことある?」
「ええ。氷川中学校の東、西、南、北の覇権争いですよね。中学生にしては異能が強くて、異人組織がヘッドハンティングをしているそうですよ。将来有望なストレンジャーを敵対する組織に引き抜かれたら脅威ですしね」
「どこの子が有望なの?」
「東の峯岸くん、西の秋野さん、南のシュウくん、北のシンユーくん」
ソジュンはそこまで話すと声をひそめた。
「ただ……峯岸くんはサイレントキラーに狩られたらしいですよ」
「サイレントキラー?」
「正体も異能も謎です。四中の誰かなのか、どこかの異人組織の戦闘員か……ソイツは音もなく忍び寄る。遭遇した者は意識不明の重体になるとか……異能発動の気配が無いこと、被害者に目立った外傷が無いことで、静かな殺し屋――サイレントキラーと呼ばれています。かなりレアな異能を持っているのかもしれません」
「レアな異能かぁ……そう言えばウチにも骨のある新卒が欲しいわねぇ」
階段の途中でルーが立ち止まった。「うわっ」ソジュンはつんのめってその肩に掴まる。体幹が強いルーはびくともしない。
「ねえ、ソジュンくん。ちょっと頼まれてくれるかしら」
「へ?」
ルーは意味深に笑うとソジュンの頭をワシャワシャと撫でた。
【参照】
ソジュン→第三十七話 DMDの売人
黒龍のハオラン→第五十一話 アルティメット・ディアーナ
川成→第七十三話 龍の器
ルー→第百二十話 龍尾とアルティメット・ディアーナ
ソジュンとルー→第二百四十八話 半グレの男女がコーヒーを飲むとき
虎爪→第三百二十三話 清原の潜入捜査




