第三百七十三話 サイレントキラー
河川敷の高架下に氷川東中学校の不良が群れていた。髪を派手に染めて身体にはタトゥーを入れている。下品な笑い声が断続的に響き渡っていた。
特能法により意味なく異能を使用することは禁じられているが、不良達は空き缶や木の枝に向けてサイコキネシスを撃っている。教師に隠れて喫煙や飲酒をするようなスリルを味わっていた。
「聞いたか、おい。南中の奴等は喧嘩で連戦連勝らしい。シュウって奴がトップだ。金髪の二年でクソ生意気らしーぜ!」
「この前、木田先輩がシュウにやられただろ? こうなると東中で残っている戦力って俺等くらいだよなぁ。余所はどんな感じだ?」
「北中ではシンユーって中国人が強いらしい。高校生よりも強ぇってさ。気功系って噂だ」
「西中の頭は秋野って女だけど、そいつの彼氏が半グレらしい。どこもヤベーぜ」
空が茜色に染まっていた。もう三十分もすれば日が暮れる。不良達は腕時計に目を落とすと帰り支度を始めた。
「話まとまんねーな。峯岸っち、どうする? 取り敢えず木田先輩の敵を討つか? 東中のメンツもあるし……」
「うーん。討ちたいところだが、正攻法でシュウに勝てる気がしない。まあ、とにかく単独で行動するなよ。氷川の覇権争いはまだまだ続くからな」
リーダーの峯岸はタバコの火を消すとショルダーバッグを手に取った。
――その時である。ザワザワと不気味な風が吹いた。急に空が暗くなってくる。
「……誰だ!」
土手を見上げると、そこに人影があった。
「おい! 何見てんだよ、てめぇ!」
「やめろよ、ほっとけ」
峯岸がいきり立つメンバーを止めると、突然目の前の空間が陽炎のように歪んだ。ジジッ……とノイズが入った後、周囲の音が消えた。吐き気がするほどの無音状態――次の瞬間、耳鳴りと頭痛で三半規管がおかしくなった。
「あ、あれ? なんだこりゃ。お前ら……うぐぁっ!」
メンバーが苦しみにもがきながら倒れていく。(い、息ができねぇ!)峯岸は前に倒れ込むと、途切れそうになる意識を繋ぎ止めて顔を上げた。
「まさか……てめーが……『サイレントキラー』……か!」
頭が割れそうに痛い。身体が焼けそうに熱い。意識が遠くなる。視界が暗くなり、そのまま意識を失った。
◆
工場と廃棄物処理場の間にぽっかりと空いた荒れ地。そこに学ランを着た不良が集まっていた。敵対する二つのグループが向き合っているのだ。
金髪の少年が一歩前に出て叫んだ。
「俺は南中を仕切っているシュウだ! 旧市街にあるゲーセンは俺等の縄張りだぜ! 北中は入ってくるんじゃねーぞ! 分かったか、シンユー!」
シュウに対抗するように赤髪の少年が前へ出た。北中リーダーのシンユーだ。
「おい、シュウ! てめー調子に乗ってんじゃねーよ! 今日こそ決着つけてやらぁ!」
シュウとシンユーが拳を突き上げると怒号があがった。南中と北中の乱闘が始まる。時間は放課後。周囲に人の姿は無い。道路脇に数人が立っていて通行人に通報されないように見張っていた。
「おらおらぁ! 正義の味方は勝ぁーつ!」
シュウが北中の不良を叩き伏せていく。<発電能力>で身体能力を上げるシュウは向かうところ敵なしだった――シンユーを除いては。
「誰が正義の味方だ! 馬鹿シュウ!」
シンユーは<硬気功>で強化した拳をシュウに打ち込んだ。その乱打は目を見張るほど速い。
「北中はカツアゲとか万引きばっかりしやがって! 南中が制覇したら街は平和になるんだ!」
「暴力に正義も悪もあるかぁ! この偽善野郎が!」
リーダーの実力は拮抗していた。次第に痣と流血が目立ってくる。殴り合っていた不良は怪我と疲労で動きが鈍り、互いのリーダーの決着を見守る姿勢を見せ始めた。すると騒いでいた不良が一点を指差した。
「お、おい! また来たぜ……」
道路の方にセーラー服の少女が立っていた。透明感のあるベージュのロングヘア、人形のように無表情な顔でこちらを見ている。シュウは舌打ちをした。
「てめぇ、リン! 来るんじゃねぇって何度言ったら分かんだよ! さっさと帰れ!」
「お兄……ちゃん」
リンは震えながらもシュウを呼んだ。ここぞとばかりに北中の不良から野次が飛ぶ。
「ぎゃはは! まーた妹が迎えに来たぜぇ! お兄ちゃんが心配だってさぁ!」「よえーなぁ、南中のトップはよぉ!」「さらうぞ、こらぁ!」
馬鹿笑いしながら騒ぐ北中の不良とは裏腹に、シンユーは冷めた声で言った。
「おい、シュウ。毎回毎回、妹を巻き込むんじゃねーぞ」
「な、なんだとぉ?」
「ふん」
打って変わって真面目な表情でシュウとリンを順番に一瞥すると、舎弟達に号令をかけた。
「お前らぁ、今日は終わりだぁー! 異能使ったし、協会が来るかもしれねー! さっさと撤退するぞぉー!」
シンユーのカリスマ性は北中に浸透していた。ごろつき共は「ひゃはは、命拾いしたなぁ! 南中ぅ」「シュウくぅん! 可愛い保護者がついとるのぉ」「北中最強伝説!」と冷やかしながらも、大人しくその場を去って行く。
「くっ……!」
シュウは悔しそうにその背中を見送ると、怯えて佇むリンを睨み付けた。
【参照】
シュウとシンユー→第二十二話 電拳と硬拳
氷川南中学校①→第五十三話 異人の中学生
氷川南中学校②→第五十五話 便利屋の少年と大企業の令嬢




