第三百六十九話 マナの流れの果てに
エストリエの月光爆発は屋上遊園地を更地へ変えた。ジェットコースターの残骸から黒煙が上がっている。ソフィアは屋上に降り立つと、瓦礫の中で佇む南を見据えた。
『あの攻撃を受けて死なないとは……賞賛に値しますね。でもさすがにマナが尽きたでしょう』
ソフィアは自分の胸に手を当てて微笑んだ。
『どうやら私の中にいるソフィアがあなたを殺したくないようですね。無意識に手加減しているようです。でももう終わりにしましょうか。あなたはソフィアの敵になることを選んだのですから』
そこで南の背後にいたニックが叫んだ。
「フローラ様! もうおやめください!」
ソフィアは目を細めた。
『あら、ニックさん。久しぶりですね』
「あなた様は死してなおアデルキリアの悪夢を見続けているのです! お嬢様は亡くなられた妹ではありません!」
『何を言っているのですか? ソフィアはまだ幼いのよ。私が守ってあげないと……ねえソフィア……うふふ』
「フローラ様……」
『あなたの身体が欲しい、流れる血が欲しい、マナが欲しい――究極の愛は全てと一体化すること……私はソフィアと一つになってフィルさんと生きていくのです』
妖艶な声音で語るソフィア――フローラは既に次元の異なる存在となっていた。自分の想いが届かない――残酷な現実がニックに絶望を植え付ける。
『……あら?』
気が付くと月夜に雪が舞っていた。
<広域凍結能力>
南がそう唱えると、地面が凍結し吹雪き始める。ニブルヘイムは氷結能力で最大規模の技だ。マナの消費が激しい。それをこの土壇場で――? 底が視えない南のマナに気圧されて、ソフィアは後ろに下がった。
『ふふ、豪胆な……パルチザンにあなたのような戦士がいれば歴史は変わっていたかもしれませんねぇ……今となっては泡沫の夢ですか』
ソフィアは月のマナを集約し南に狙いを定めた。しかしマナの集まりが悪い。空を見ると満月が吹雪でうっすらと隠れていた。ソフィアは舌打ちをすると南を睨む。
「ソフィア……まだ君がそこにいるなら聞いてほしい。僕はフィルに君を助けてくれと頼まれた」
南は一歩前へ出た。
「アンナと瑠璃の想いを感じるか? あの子達は君が帰ってくるのを待っているんだ。今この瞬間も」
ソフィアは一歩下がった。
「僕が言ったことを覚えているか? 最期まで諦めるな――と」
その時、ソフィアの身体がビクッと震えた。
「せ……んぱい?」
南の言葉はソフィアの心に届いた。
「ああ……そんなにボロボロになって……」
ソフィアは涙を流しながら言った。
「本当に困った人ですね……私のことはもう……うっ」
苦しそうに前屈みになる。再び顔を上げた時にはフローラの冷笑を浮かべていた。
『ソフィアを惑わす愚か者よ。もう一度ルナフレアを放てばさすがに死ぬでしょう』
マナが眩く光り凝縮されていく。ミリアがヴィオラを抱き上げてニックを呼んだ。それに応えてニックが南の肩を掴む。「黒川くん! 潮時です!」しかし南は動かなかった。
『さようなら』
フローラの意識が南に集中したその時――ゴロゴロゴロッ! 雪夜に雷鳴が轟いた。金色に輝く稲妻が龍のようにうねりながら迫ってくる。真に電光石火――雷龍はマナ壁を喰い破りフローラを呑み込んだ。辺りが金一色になる。
『これは……ライさんの?』
あの日、アデルキリアでフローラを魅了したライの放電。金色の光の中でフローラの意識が時を遡っていく。そのマナの流れの果てに死んだはずの妹――ソフィアの笑顔があった。フローラは涙を溢れさせて深い悔恨の情を吐露した。
『ソフィア……あの時は助けられなくてごめんね。私……みんなを守れなかった』
薄れゆく意識の中でソフィアの声が聞こえた。
――今までありがとう。お姉ちゃんの気持ち……ちゃんと伝わっていたよ――
心の闇が浄化されていく。エストリエを繋ぎ止めていた残留思念が薄れていく。
『あ……フィル……さん』
フローラは龍が飛んできた方向を視た。ビルの屋上にフィルがいた。泣きながらこっちを見ている。その口元が「愛しているよ」と動いた気がした。フローラは笑った。そして金色のマナの流れに抱かれながら消えていった。
◆
セツカと氷雨が少し離れた路地裏から闇を切り裂く稲妻を見上げていた。雪は止みそうもない。すると車のクラクションが鳴った。
「やほー、おつかれー。積もる前に行こー」
窓から顔を出したのは瀬川愛だった。セツカと氷雨が後部座席に乗り込むと、けたたましいエンジン音を響かせて急発進した。猛スピードで国道を走っていく。
「あれー、ソフィアちゃんは? クラスメイト殺して闇に落ちるって話じゃなかったっけ?」
しばらく夜景を見ていたセツカが口を開いた。
「僕が宇宙記録庫を読み違えました。いや、未来が変わったのかもしれませんね。色々と異分子が紛れ込みましたから。どうやらリッカ姉さんと……シュウさんが動いたようです」
愛はルームミラーでセツカの顔を見た。
「ふーん? セツカでも分からないことってあるんだぁ。でも、なんか嬉しそうだねー」
「そう見えますか?」
「うんー。だって笑ってるもーん」
セツカは窓に映る自分の顔を見る。赤目の少年が笑っていた。予定調和の退屈な未来――それが狂ったことにワクワクを感じていたのだ。




