第三百六十三話 いつから俺の妹だっけ
シュウは自室から月を見ながらリッカを思い出していた。マナリンクで初めて会った時、彼女は突然泣き出した。雨夜はリッカには前世の記憶があると言っていた。
――遠い昔……本当に遠い昔に何かがあったのですよ。シュウさんは忘れているのです――
雨夜はこう言ったがシュウは前世の記憶を持たない。何も覚えていない。リッカが言った。赤目は宇宙記録庫から過去や未来の情報を読み取ると。
(赤い目と言えば……)
シュウはベッドの上でゲームをするリンを見た。テレビの画面には乙女ゲーが映し出されていた。ヒロインがイケメンに囲まれてハーレムを作っている。リンは無表情で淡々とプレイしていた。
(兄の部屋で何をやっているんだ、妹よ)
リンは感情が昂ぶると眼術が発動して目が赤くなるが、その時はかなりマナ量が増える。その特性はリッカと通ずるものがあった。
(まさかお前、前世の記憶あんの?)
一瞬そう思ったが聞かなかった。リンは妹だ。それ以上でも以下でもない。しかしシュウは心中で不安を吐露した。
(そう言えば俺って過去の記憶が曖昧なんだよな。特に施設に来る前のこととか……)
シュウの視線に気が付いたリンはゲームを止めた。
「兄さん、どうしたんですか?」
「お前さ……いつから俺の妹だっけ」
「?」
リンの頭にハテナマークが浮かんでいる。突拍子もない質問なので無理もない。
「俺たちは星の家で育った。そこで一緒だったのは覚えてる。施設長と師匠から俺たちが兄妹って言われて疑問に思わなかったけどさ。……ああ、そのタヌキのぬいぐるみは覚えてる。俺がゲーセンで取ったやつだ」
リンの横には古びたタヌキのぬいぐるみが置いてある。小学生の頃にプレゼントした記憶があった。
「……」
リンは何も答えない。じっとシュウを見ている。(ど、どうしてなんも言わねーんだ?)何故かシュウは緊張していた。リンは視線を画面に戻すとゲームを再開した。
「……知りたいんですか?」
「え?」
「私たちが本当に兄妹かどうかDNA鑑定してみますか?」
即答できなかった。口の中が乾いている。やっとの事で口を開いた。
「い、いや。いい。やめとくわ」
「そうですか」
リンは一呼吸置いてこう続けた。
「私たちはランさんに連れられて星の家に来たんです。私は精神感応系ですから、うっすらと覚えています。少なくとも施設に来る前から一緒だったことは確かですね」
「あ、ああ! そーだそーだ、俺も何となく覚えているぜ。一緒だった、ずっと一緒だったな。変なこと聞いちまった。忘れてくれ」
シュウは空の月を見上げる。今夜は何かがおかしい。胸がザワザワしていた。リンはベッドから下りるとシュウの横に座った。そっと体重を預けてくる。
「……つまり法的には問題ないんです」
「は?」
「私たちが一線を越えても……」
妹とは思えない艶めかしい声に背筋がぞわっとした。「こいつ!」思わずリンの頭を叩く。
「い、痛い!」
「だから色気づくんじゃねぇ! ぼけなす!」
「も、申し訳ありません。DNA鑑定をしたくないってそういう意味だと思いました」
「どーゆーアタマしてんだぁ! まずはあのエロゲーを消せぇぇー!」
シュウは勢いよく立ち上がると窓を開けた。火照った身体を冷ますために夜風を浴びて深呼吸をする。
「無駄に疲れた……って、あれ?」
店の前に見知った少女がいた。シャッターが下りた入り口の前で立ち尽くしている。巫女装束を着たリッカだった。
「あ、シュウ様」
リッカは顔を上げるとホッとしたように微笑んだ。シュウは駆け足で階段を下りて外に出た。第六感――嫌な予感がしたからだ。
「夜分に申し訳ありません」
リッカは丁寧に頭を下げた。シュウはリッカの肩を掴む。
「ソフィアちゃんに何かあったんだな?」
「はい」
「よし、中で話を聞かせてくれ」
リッカが首を横に振った。
「そのような時間はありません」
「へ?」
その時、車のエンジン音が響き渡った。真っ赤な高級車が店の前に止まるとフィルが飛び出してきた。
「シュウくん!」
「フィルのおっさん!」
既視感を覚える。初めてフィルと会った時もこうだった。あの時はソフィアが誘拐されて便利屋金蚊までやって来たのだ。今みたいに血相を変えて――。
【参照】
ソフィア誘拐事件→第二話 ソフィア誘拐事件
リンの眼術①→第四十五話 絶対零度
リンの眼術②→第六十九話 フィオナのお礼
過去の記憶があるリッカ→第八十四話 赤目の少女
いつからリンといた?→第三百三十一話 赤い目が呼び醒ます記憶
リンの眼術③→第三百三十四話 妹の叫びとケノンの眼術




