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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第二章 異人の歌姫 ――雷氷の邂逅編――
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第三十二話 二度目の死

 治療を終え、家に戻ったシャーロットだったが、この誘拐事件が原因で両親は離婚していた。シャーロットは母親の方に引き取られたが、母は既に新しい男がおり、子供は邪魔だったのである。シャーロットをマンションの一室に残し、家に戻らない日が増える。


 母親は酒を飲むとシャーロットに暴力を振るった。しかし、彼女は母親を信じていた。そしてなるべく怒らせないように、常に笑顔でいることを心掛けた。それでも母親の外出は続く。シャーロットは母の気持ちをつなぎ止めるために色々試したが効果は無かった。


 ある日、母親の気を引くために、こう言った。


「ママ! 私、マナの色が見えるの! ママって紫色してるのよ」


 娘の言葉を聞いて、母親の顔色が変わる。


「化け物! 二度とそんなこと言わないで!」


 当時は異人の子供の虐待動画がマイチューブで拡散されており、社会的にも問題になっていた時期である。日本では特殊能力者保護法が施行されていたが、アメリカに異人を守る法律は無かった。


 それからは母親の暴力が増え、更に家を空ける時間が長くなったのである。シャーロットはマンションの一室で一人残された。母親は帰ってこない。そして気が付いた。


――男の部屋もこの部屋も大差ない。ひとりぼっちで無価値な世界。


――そして母親にすら愛されない自分に価値は無い。


 この時、シャーロットは二度目の死を経験した。


 いつしか彼女は親にも期待しなくなった。最近、母親は半月に一度ほど帰ってくるが、顔を合わせることはない。テーブルには買い与えられたスマートフォンが置いてある。アプリを開くと自分名義の口座があり、いくらか入っている。これが母の最大限の「愛」なのだろう。


 シャーロットは一人で生きていこうと決める。口座があれば何とかなると思ったのだ。その時、男の部屋で聴いたアニメソングを思い出す。それはこの数年で唯一得られた貴重な情報だった。薄暗い男の部屋でマイチューブの歌手はきらめいて見えたのだ。


(私も……ああなりたい。きらきらした世界で生きていきたい)


 それからシャーロットは無我夢中で動画を配信する。ひたすら詩を書き、作曲し、歌う。一週間の睡眠時間はわずか二時間。何かに取り憑かれたかのように創作活動に熱中した。この時、既に母親は家に帰っていなかった。孤独がシャーロットの創作に狂気を宿したと言っていい。


――配信して間もなく反響があった。瞬く間に登録者数と再生回数が増えた。ネットメディアにも取り上げられ、「カリス」は一躍時の人となった。


 自分が異人だと公表したことも成功した理由の一つだろう。再生回数が伸びる度に、自分が必要とされていると実感できた。ようやくシャーロットは生きる意味を見付けられたのである。マイチューブの収益で自立が可能となったシャーロットは十六歳で家を出て、活動拠点を日本に移す。


 母親は最後までカリスの正体に気が付くことはなかった。口座に収益が振り込まれているが、それに関しても何も言ってこない。どこまでも無関心である。親子の関係は完全に破綻していた。


 誘拐事件の経験、親の虐待……。これらで覚醒したシャーロットの異能は家を出てからも大いに役立った。いつからか<擬態>の能力は必須になっていた。



 ◆



 音楽活動が軌道に乗り、充実した毎日を過ごしていたが、あることに気が付いた。音楽に色が視えるのである。シャーロットはマナの色を視ることができるが、それが音楽にも及んでいたのだ。


(旋律に色が乗っているわ。音楽にもマナって宿るのね)


 そこである法則に気が付いた。音楽の「色」を同系色でまとめると、ニッチな層に受け入れられ、様々な色を混ぜると、幅広く人気が出る。反対色を混ぜるといまいち再生数が伸びない。どうやら音楽はマナの彩色次第だと気が付いた。その法則に気が付いてしまえば、後は簡単だった。


 彼女はクライアントの意向を聞き、音楽の色を決める。時には自分のマナの色も変化させて歌う。音楽の色と自分の色を揃えるとメガヒットとなる。あっという間に彼女はマイチューブを支配した。


 しかし、十七歳の頃、あることに気が付く。


(あれ……私本来の色ってなんでしたっけ?)


 他者に合わせて擬態しているうちに、自分自身が消えていく感覚を覚える。自分の歌が認められ居場所を確保したと思っていたが、これは異能のお陰であり、自分自身が評価されているわけではない。


(――だって、私……。私の中に私がいない!)


 シャーロットは突然冷めた。自分の魅力ではなく、単純に超能力で人気を博していた現実は、彼女に大きなショックを与えたのだ。彼女はそのまま鬱病になり、半年間音楽活動から離れたのである。そして――。



 ◆



――シャーロットは目が覚めた。


 ここは地下室である。冷たい風が頬を撫で、錆びた鉄の臭いを運んでくる。過呼吸は治まっているが、汗はまだ引いていない。ソファーが湿ってしまった。


「はぁ……嫌なことを思い出しちゃった。どのくらい寝ていたのかな」


 シャーロットが溜息をつくと、螺旋階段から誰かが降りてくる気配がした。思わず身体が強張るが、既に覚悟は決めていた。どうせ自分は価値のない傷物の女だと思っていた。


「おや、目が覚めましたかねえ? カリスちゃん」


 目の前に顔色の悪い男が現れた。茶色のくせ毛で、黒縁眼鏡をかけている。いかにも神経質そうな男である。


「……あなたがストーカーですか?」


 シャーロットは笑顔で男に問うた。男はその問いに笑顔で答える。


「初めまして。私は白石武彦と申します」


 白石は仰々しく頭を下げて、こう付け加えた。


「――あなたのファンです」


 芝居がかった男の声が地下室にこだました。

【参照】

白石について→第十一話 ストーカーは知っている

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