第三百十九話 第二のカリスと雷火の弟子
昼休みのこと、協会事務局次長のフェルディナン=ルロワは副会長室を訪れた。奥のデスクに黒川亜梨沙が座っている。エナジードリンクを飲みながらパソコンの画面を眺めていた。
「副会長、またそんなもので昼食を済ませて。身体に悪いですよ」
ワーカホリックの亜梨沙は食事と睡眠を軽視している。昼食はいつもエナジードリンクと缶コーヒーだ。亜梨沙はパソコンから顔を上げた。
「ねえフェル。私って仕事はできるし美人でしょう。はっきり言って完璧だと思うのよね」
真顔で突拍子もないことを言っている。あながち外れてもいないので茶化さずに相槌を打った。
「まあ、そうですねえ」
「でもね、朱雀さんに言われちゃったのよ。南の私生活をもっと気にした方が良いって。食事とか服とか……」
朱雀華恋はクラス委員のA級ギフターだ。亜梨沙に代わって何かと南の世話をしている。フェルディナンは話の方向性がきわどくなってきたことに気付いた。亜梨沙はプライドが高い女だ。彼女の自尊心を傷付けずに話し相手になる必要があった。
「南の冷蔵庫の中なんだけど、ゼリーとチョコしか入っていなかったんだって。どう思う?」
「どうとは?」
どっちに答えることが正解なのか分からない。分からない時は聞き返す。否定も肯定もしない。亜梨沙はじっとフェルディナンの顔を見詰める。
「私の冷蔵庫の中もエナジードリンクと缶コーヒーしか入っていないのよ。服もね、スーツばかりで私服少ないし。南がギフターの服ばかり着ているのは私のせい? 南は私の生活を模倣しているのかもしれないわ。私たちって普通じゃないのかしら」
亜梨沙は真剣な表情で聞いてくる。黒川姉弟は何かが欠落している。亜梨沙は短気だ。怒らせたら面倒くさい。出世にも響く。フェルディナンは悩んだ。悩んだ末、最適解を導き出した。
「普通ではないでしょうね」
「は?」
「お二人の絆がですよ。亜梨沙さんの愛、そして南くんの愛。そこらの恋人よりも仲が良い姉弟じゃないですか。食事とか服とか瑣末なことです」
いつもクールな亜梨沙の顔が真っ赤になった。緩んだ笑みを浮かべる。
「わ、私たちが恋人以上に愛し合っているなんて! フェルったら、何を言っているのかしら! それは言い過ぎよー。あはは!」
亜梨沙は頬に手を当てて身体をくねらせている。サイコの姉――妄想に耽っているようだ。微妙に違ったニュアンスで伝わってしまったが、反応は悪くない。フェルディナンはホッと胸を撫で下ろす。
「ところで副会長。今度の特殊能力者認定試験ですが、滝本ココナさんが受検予定です」
「そう言えば先月の中浦公園抗争事件で異人に覚醒していたものねえ。異人と普通人の架け橋だった子が異人になるってどういう気持ちなのかしら。まるで第二のカリスじゃない。あは、ウケる」
亜梨沙はココナより年下だが、言動からは敬意を感じさせない。
「ジャイの広報である滝本さんは異人に人気があります。ソフィアさんと三乙女に並ぶ協会の広告塔として期待できますよ。それに……」
「――神威を知る者を囲っておけるわね。向こうも異人狩りから守ってほしいだろうし。うん、悪くないわ。もう合格で良いんじゃないかしら」
亜梨沙がフェルディナンの思惑を読み口に出した。フェルディナンは本音をオブラートに包まない亜梨沙の発言に苦笑いをする。確かに考えていたことだが、口に出すと何かと問題になるだろう。
「それと滝本さんの付き添いで電拳のシュウくんが来るそうですよ」
「あらそう?」
「シュウくんといえば……ギルハート遠征作戦のリストに載せて良かったのですか? フィル氏とシュウくんは口約束でまだ契約を結んでいないのですよ」
「別に良いんじゃない? 暫定リストなんだし」
「今、ギフターの間で噂になっています。雷火の弟子、エレキ系の少年はいったい何者だと。過激なことを考える者も出てきそうですが」
「平和ぼけしたギフターには丁度良い刺激なんじゃないの?」
何やら含みのある言い方をする。(やれやれ、また何かを企んでいますね)フェルディナンは胸中で溜息をついた。
【参照】
架け橋のカリス→第十四話 シャーロットの憂鬱
ギルハート出張→第百二十六話 ソフィアの愛
ジャイの広報→第百四十三話 異人病
三乙女→第百五十九話 アルテミシアの三乙女
ソフィア→第百六十話 ソフィアとヴィオラ
神威→第二百五十話 神威の残党を狩れ
南を心配する朱雀華恋→第二百五十五話 ダメダメなキミが気になる腹黒少女
異人になったココナ→第二百八十四話 ココナの覚醒
異人狩りから守られたいココナ→第二百八十七話 指導者の天賦




