第三百十三話 鱗粉爆弾
炎のマナはシャンリンの背中に蝶の羽を生成した。火蝶の第二形態――属性は最初から爆発系である。炎の羽ばたき、赤い鱗粉が虚空を舞った。それは意志を持っているかのようにヤオへ向かっていく。
「やばっ!」
ヤオは大きく跳躍した。次の瞬間、鱗粉が大爆発を起こす。<鱗粉爆弾>シャンリンの奥の手だ。対象のマナにリンクし照準を定めて射出する。追跡型の爆弾だ。瓦礫の破片がヤオの身体を傷付ける。ペッと血を吐いた。
「やるじゃん、さすがは赤龍のナンバー3。火蝶のシャンリンってことかな」
単発では終わらない。赤い鱗粉がヤオを追う。ヤオは足にマナを集約し廃墟群を跳び回る。壁から壁へ跳躍し、マナ壁を足場にしながら空を駆ける。立体的に動きながらナイフを投げた。しかし鱗粉に遮られて爆発する。シャンリンまでは届かない。
「うっざ、物理攻撃効かないじゃん! こいつ五天龍かっつーの!」
廃墟を巻き込んで爆発する。窓ガラスやコンクリートの破片で致命傷を負う可能性もあった。(だから弟子を逃がしたってことね)ヤオは自嘲的に薄笑いを浮かべた。
「ヤオ! 逃げるなら追わない! ここは引けぇ!」
「あはは、あんたはここで死ぬの! 自分の心配しなよ!」
鱗粉に包囲され次第に防戦一方の展開になってきた。火傷や切り傷が目立つ。しかしヤオは笑ったままだ。殺人狂のヤオ――相手の生命を奪うことに快楽を覚える女。シャンリンは十年前から分かっていた。
――生きてきた世界が違う。この女とは分かり合えない!
爆発で吹き飛ばされたヤオが廃墟の壁に打ち付けられる。大量の血を吐き、力なくうなだれた。歪んだ笑みは消えて苦痛の表情を浮かべている。シャンリンは勝利を確信した。
「ヤオ! 終わりだよ!」
常に周囲を警戒していたシャンリンの意識がヤオに集中した。トドメを刺そうと鱗粉を操ろうとした時、ヤオが狂気をはらんだ叫び声をあげた。
「アイラぁぁぁ!」
刹那、電波をジャミングしていたアイラの旋律が不協和音に転調した。ギラついた刃のような衝撃波がシャンリンに向かって落ちてくる。それはマナの展開を突き破りシャンリンの脳を揺さぶった。
「ぐっ……!」
強烈な目眩と吐き気、そして頭痛。ぐるんと視界が回る。意識を保つのがやっとだった。「死」が頭をよぎる。耳から血が垂れ、鼻血を吹き出す。しかし踏みとどまった。ヤオと視線が交差する。
「バイバーイ」
ズブッと胸部に痛みが走る。生温かい液体が溢れる。足元におびただしい血痕が描かれた。シャンリンは胸に手をやった。ベッタリと血が付着する。
「……え?」
自分の胸を光る爪が貫いていた。ゆっくりと振り向く。そこにはブラッドが立っていた。猛獣のような目でシャンリンを見ている。ブラッドはマナ爪を引き抜くと鱗粉を警戒して距離を取った。
「あは! タイマンだと思ったー? ばっかじゃないの」
ヤオはふらりと立ち上がる。シャンリンは膝をつくと虚ろな表情で真っ赤な血を眺めていた。血と一緒にマナが流れ出る。命が流れていく。意識が朦朧としていた。
「……おじ様のところへ……帰らない……と」
「ゲームオーバー。あんたは藤堂会のシマで死ぬんだよ」
いつの間にか音楽が止んでいた。もうジャミングの必要もない。静寂が訪れていた。飯田とアイラがビルから降りてくる。シャンリンは龍鱗の四人に囲まれた。
「最後はアタシが殺してあげる」
ヤオはそう言うとナイフを構えた。シャンリンは力なくヤオを見上げる。
(アイチンたちは……帰れたのかな)
この世は弱肉強食。自分の番が回ってきただけだ。シャンリンは目を瞑った。しかし何も起こらない。最期の時が訪れない。目を開けるとヤオ達はある一点を見ていた。その先にいたのは異人狩りの剣崎だ。
「間に合いませんでしたか。残念です」
剣崎はヤオを睨む。そのままアイラを見据えた。
「思い出しました。龍王に所属する【死の奏者】。音を使う殺し屋。藤堂会の構成員を殺したのは君ですね」
アイラは飯田の背後に隠れた。剣崎が臨戦態勢に入る。しかしヤオは応じない。
この男は手強そうだ――ヤオは目配せするとシャンリンから離れる。引き際を見極めた。
「ま、いっか。こいつはもう死ぬ。目的は達成したし、撤退するよ」
ヤオ達は呆気なく夜の廃墟街へ姿を消した。剣崎は後を追わず、シャンリンに目を向けた。
【参照】
マナにリンク①→第百三十九話 明鏡止水
マナにリンク②→第二百五十二話 マナを展開しリンクさせて撃つ
マナにリンク③→第二百八十六話 シュウ対ツクモ




