第三百五話 炎双刀と火蝶
シャンリンが木刀を前へ構えると、刃先が揺らめき炎の塊がフワッと舞う。それは一頭の蝶となった。赤い蝶が意志を持っているかのようにヒラリヒラリと飛んでいく。シャンリンの異名にもなっているユニークスキル<火蝶>だ。場内がざわついた。
「いつ見てもメルヘンな蝶だな」
ガンは笑うとヒュッと刀を振った。切っ先から炎が飛び、それが火蝶に触れた瞬間――ドカンッと爆発が起こった。道場が激しく揺れる。
「お前は発火系から派生した爆発系のエレメンターだ。その蝶は対象に触れると爆発を起こす。故郷の赤い蝶からインスピレーションを得たんだったか。俺にはできん。女の感性から生まれた異能だ」
ガンが手をかざすと壁に掛けられていた木刀が外れて飛んできた。それをキャッチすると二本の木刀をクルクルと回した。ガンの異名は炎双刀。二刀流で真価を発揮する。
「兄様、いきますよ!」
シャンリンの木刀から火蝶が湧いてくる。ガンは一気に間合いを詰めた。
「知っているぜ。蝶の属性がパイロからエクスプロージョンに変態するまで五秒のロスがあるってな」
ガンは二本の刀で蝶を両断した。爆発することなく儚く消えていく。
「くっ!」
放出されていた炎がシャンリンの背中に集約され羽のようにうねった。それはまるで蝶の羽だった。呼応するようにガンの炎が激しく燃え上がる。場内の歓声が最高潮に達した。次の一手で決まる――誰もがそう思った次の瞬間――。
「そこまでだ!」
弟子達を押しのけてシンが姿を現した。ガンとシャンリンが動きを止める。辺りを覆っていた炎がフッと消えた。始めから何もなかったかのような静寂が訪れる。
「おい、お前等! 道場を燃やす気かぁ、バカどもが!」
シンが呆れながら言う。
「も、申し訳ありません! 兄様と稽古をしていたのですが熱中してしまって!」
シャンリンが弁明した。
「火蝶の第二形態まで出すバカがいるか! 加減しろ加減! しかもお前、木刀燃えてんじゃねぇか! 未熟者め」
シンの指摘どおり、シャンリンの木刀は燃え朽ちていた。火蝶で一気に燃えたのだろう。シャンリンの顔が青くなる。ガンの木刀は焦げてすらいなかった。
「おやっさん、俺から始めたんすよ。こいつがどれだけ腕を上げたか見たかったもんでね」
ガンは両手に持っていた木刀を投げる。木刀は飛行して壁の飾り棚に収まった。ガンは物体を操作する<テレキネシス>の使い手でもあった。シンは口元の髭を撫でる。
「ふーん。で、どうだったんだ? 妹弟子の実力は」
「ま、悪かねぇかな。そこいらのパイロ系には負けねぇと思います」
ガンはシンの横を通り過ぎる。シャンリンが慌てて抱拳礼をすると、ガンは軽く手を振って応えた。道場を出て行こうとするその背中にシンが声を掛ける。
「そうだ、お前。裏でDMD捌いてねぇよな?」
「やってねぇっすよ、俺はダークマナに耐性ねぇし。てか、赤龍でドラッグは御法度でしょ」
「そうか。ならいい」
ガンは弟子を連れて外へ出て行った。(DMD……?)二人のやり取りを聞いてシャンリンは首を傾げた。シンは怪訝な表情のシャンリンに言う。
「ディナーの仕込みやっとけよ、お前等。予約入っているだろ」
シャンリンは腕時計を見て身体が震えた。冷汗三斗で弟子に指示を出す。
「は、はい! アイチン! みんな! お店に戻るよ!」
「分かりました! シャンリン姉さま」
シャンリン達がバタバタと駆けていく。無人になった道場の真ん中でシンは溜息をついた。
【参照】
爆発系①→第六十六話 ここに化け物がいる
爆発系②→第百話 異人喫茶の日常




