第三百二話 赤龍のシン
シンは酒と女に目がない。会社は側近に任せて自分は酒を飲み女と遊ぶ。羽目を外す姿に苦言を呈する者はいるが、シンには叩いても減らない人間的な魅力があった。
情に厚く義理堅い伊達男。還暦が近いが若々しい容姿。商才を発揮し築いた資産。更に世界で最高峰の炎使い。シンのもとには優秀な人材が集まった。特に炎を使うパイロ系エレメンターにとって赤龍の南龍飯店で修行を積むことは一つの登竜門である。
炎双刀のガンはシンの一番弟子にして右腕。そして火蝶のシャンリンは左腕とされる。この二本刀が赤龍を支えており、五天龍の中でも黄龍に並ぶ発言力を持たせていた。
その日もシンは中華街のクラブで酒を飲んでいた。両隣にはホステスがついている。その中の一人が甘えた声を出した。
「ちょっと、せんせ! 私といつ結婚してくれるのー?」
「俺は生涯結婚しない。一人の女と添い遂げることになったら世界中の女が泣いちまう。惚れるなよ、責任取れねぇから」
「そんなこと言ってー。シャンリンちゃんには優しいじゃない?」
「あいつは娘みたいなもんだ。最近は俺を高齢者扱いしてくるけどなぁ」
シンが上機嫌で酒を飲んでいると、店の入り口の方が騒がしくなった。
「赤龍ー! ここにおるんは分かっとーぞ! 藤堂会若頭の設楽や!」
恰幅のいい強面の男がシンの席までやって来た。舎弟を五人ほど連れている。その中には異人狩りの剣崎もいた。
「ああ、藤堂会の。何の用だ?」
シンに動揺は見られない。酒を飲みながら藤堂会の面子の顔を見比べる。
「こるぁ、お前! 藤堂会のシマでDMD売っとろうが! 中国人の女の売人を見たって証言が上がっとー!」
設楽は銃を取り出した。シンの隣にいたホステスが慌てて逃げ出す。
「知らんなぁ。中国人の女が籠鳥町に何人いると思ってんだ? そもそも俺はドラッグが嫌いだ。扱わん」
「DMDは龍尾の資金源や! そんなん売って俺等のシマ荒らして何ば企んどるとやぁ!」
銃声が鳴った。ウイスキーのボトルが砕ける。女の悲鳴が響き渡った。設楽は更に発砲しようと引き金に力を込める。シンは眉一つ動かさない。
「ふ、お前では話にならんな。俺と話をしたければ会長の藤堂源作を連れてこい。あいつのことは認めている。ある程度は……だが」
キレた設楽が銃口をシンへ向けると、剣崎がそれを制して口を開いた。
「龍尾は龍王と抗争をしている。上納金も跳ね上がっているでしょう。いくらドラッグが嫌いでも親のためなら売るはずです」
シンは笑みを浮かべながら剣崎の話を聞いている。
「DMDの売人が火蝶に似ているという目撃情報がありますよ。決まって金曜の夜に現れるようですが……心当たりがおありでは?」
店内は静まり返っている。設楽は今にも発砲しそうなほど怒っていた。舎弟達はナイフを手にして設楽の指示を待っている。
「分かってねぇなぁ、異人狩りのあんちゃん。龍尾が赤龍の親だと?」
「そうでしょう。五天龍は龍尾の幹部です」
「お前等は勘違いをしているな」
シンは空になったグラスにバーボンをなみなみと注ぎながら話す。
「その昔、この世に龍が放たれた。天を駆ける五頭の龍――それぞれが自分を最強だと思っているクズどもだ。敵なんていやしねぇ。自分以外は塵同然だった。しかし俺達は自分が無敵ではないと思い知ったのさ。龍尾の初代頭領――龍王インロン。奴は更に強かった。俺達は自分の意志で奴についていこうと決めた。龍尾にではない。インロンにだ」
シンはバーボンを一気に飲み干した。
「先代への義理で龍尾の傘下に入っちゃいるが、五天龍は駒じゃねぇ。俺は俺の意志で動く。それともう一つ。藤堂には借りがあるから共存しているが、あいつが引退したら関係ねぇ。覚えておけよ、藤堂会の」
剣崎はシンのマナを視た。圧倒的な炎のマナ。それは加齢によって衰えるどころか凄みが増しているように思えた。
「分かりました。今日のところは引きましょう。しかし、あなた方の嫌疑が晴れたわけではありません。藤堂会のシマでDMDを密売し、こちらのシノギを削って組を弱体化させる。籠鳥町統一を狙った布石――我々への宣戦布告と受け取りますよ」
「おい、剣崎ぃ!」
「設楽さん、ここは異人の私に従ってください。この人数で挑んでも殺されます、文字通り骨も残らない」
「くそがぁ!」
設楽は銃を懐にしまうとテーブルを蹴飛ばして店を出て行った。舎弟達もそれに追随する。シンは涼しい顔でこう言った。
「店の修理代は南龍飯店へ回しとけ」




