第二百九十五話 地獄の業火に焼かれて詫びてこい
赤髪の男は手を前へかざした。森のマナがその手に集約されていく。
「燃え朽ちろ。鬼畜ども」
次の瞬間、巨大な炎が掌から放たれた。炎龍を彷彿とさせるそれは銃を構える戦闘員に食らいついた。男たちは断末魔をあげる間もなく焼失する。即死だった。ボスが赤髪の男に掴みかかる。
「赤龍のシン! てめえ、裏切りやがったな! 赤い尖兵と龍尾の同盟の話はどうなったんだぁ!」
「そんな話は最初からないねえ。うちのシマを荒らして商売していたあんたらを潰すために今日は来たんだよ」
「だ、騙しやがったな! おい、女はもういい! こいつを殺せ!」
怒鳴り声で命令を発するが返事はない。廃病院からは誰も出てこない。ボスは再び叫んだ。
「おい、早く出てこぉい!」
すると一人の男が病院から姿を現した。炎の双刀を両手に持ち、不敵に笑っている。赤龍の側近でガンという男だ。異能はパイロ系である。ボスの顔が青ざめた。ガンは剣をクルクルと回しながら言う。
「待たせたな、おやっさん。中の兵は片付けたぜ」
シンは酒を杯に注ぎながらガンに問うた。
「携帯の合図はベストタイミングだったぞ。ところで中に誘拐された人はいたかい?」
「みんな死んでいたぜ。だからパイロを加減しねぇで済んだよ」
背後の廃病院から黒い煙が上がる。窓から炎が吹き出した。激しく燃え始める。ボスは尻餅をついて燃え上がるアジトを呆然と見ていた。シンはそれを冷めた目で見下ろす。
「女どもにやらせたように、あんたも命乞いをしてみるか」
「うるせえ!」
ボスは懐から銃を取り出しシンに向けて発砲した。しかし銃弾は身体に届く前に焼失する。何発撃っても同じだった。「くそ!」弾を撃ちつくしたボスは銃を投げ捨てる。
「あんた、とことん救えない男だなぁ」
シンは右手を払いながらこう呟いた。
「地獄の業火に焼かれて詫びてこい」
「きさまぁ! ……うわああ」
ボスの身体が一気に燃え上がり、五秒も待たずに黒い灰となった。
「皮肉なもんだ。悪党を燃やす炎は美しい」
シンは視線を切るとシャンリンの方を見た。
「ひっ」
思わず声が出る。シャンリンは怯えた。炎を纏った赤髪の男は人外のものに見えたからだ。目の前で組織のボスが焼かれたように自分も殺されるかもしれない――恐怖で歯がカチカチと鳴った。シンはゆっくりと歩を進める。そして口元の髭を撫でながら言った。
「お嬢さん。その身に良い炎を持っているね。磨いてみる気はあるか?」
「え?」
シャンリンは怪訝な表情を浮かべた。シンは微笑むと周囲を見渡す。撃たれた少女たちの何人かは生きているようだった。
「ガン。麓にいるメンバーを集めろ。お嬢さんたちを保護し撤収する。急げよ、消防が来るぞぉ」
「あいよ、さっさとずらかりましょ」
シンは側近に指示を出しながらスマートフォンを操作している。シャンリンはどうやら殺されることはないと安堵し、その場に座り込んだ。廃病院が激しく燃えている。闇夜を照らす炎がやけに美しく見えた。
――これが十年前のこと。シャンリンと赤龍のシンの出会いだった。
【参照】
パイロ系の異人①→第三十話 鬼火の後藤
パイロ系の異人②→第七十一話 ジャスミンの正体
パイロ系の異人③→第二百二十八話 オオカミを狩る乙女たち




