第二百九十四話 公開処刑と紹興酒
廃病院の前の広場に、捕まった少女たちが一列に並べられた。シャンリンを合わせて十二人いる。その中にはチュランもいた。他八人は逃げ延びたか森の中で殺されたのだろう。当然ヤオの姿はない。ドラム缶に炎が焚かれ闇夜を照らしている。
「がはは! いい眺めだな」
赤い尖兵のボスが酒を飲みながら椅子に座っていた。その前に戦闘員が銃を構えて立っている。どうやら公開処刑を酒の肴にする算段らしい。ボスが笑いながら言った。
「その昔、処刑はショーだった。今夜はゲストがいることだし盛り上げねぇとなぁ! なあ、旦那?」
そう言って横に視線を向けた。そこに黒い人民服を着た男が座っている。年齢は五十に届くくらいか。赤髪で髭を生やしている。興味がなさそうに紹興酒をあおっていた。ボスは下品な笑みを浮かべる。
「おい、女ども! 死にたくない奴は手を挙げろ! 命乞いをしてみやがれ! 俺様の気が変わるかもしれねぇぜぇ!」
シャンリンたちは顔を見合わせた。はったりだ。そんなことは分かっている。しかし生への渇望が思考を停止させ理性を狂わせた。シャンリンの隣にいた少女が手を挙げた。顔は蒼白で足は震えている。
「私……死にたくない! お父さんとお母さんの所へ帰りたい! なんでもするから助けて!」
涙目で訴えた。その感情に共鳴した少女たちが次々と手を挙げる。ボスは満足げに頷いた。
「ぎゃはは! 素晴らしい演技だなぁ! 主演女優賞に鉄玉をくれてやるぜ! せいぜい良い声で泣けや!」
ボスが手を叩くと銃声が響いた。シャンリンの両隣にいた少女が胸から血を出して倒れた。飛び散った赤い液体がシャンリンの頬を汚す。少女たちの悲鳴が夜の森に響き渡り、火薬と血の匂いが鼻腔を抜けて現実感を麻痺させた。
シャンリンは足元に倒れている少女に目を向ける。さっきまで必死に生きようとしていた。涙ながらに訴えていた。親に売られたとしても組織に誘拐されたとしても彼女たちは生きたかったのだ。
「やめてよ……」
胸の奥で何かがくすぶっている。次第にそれは大きく熱く膨張していく。
「うははは! よしよし、次はあの三つ編みの女だ! 撃てぇ!」
銃口がシャンリンに向けられた。シャンリンは思わず叫ぶ。
「もうやめてぇ!」
次の瞬間だった。シャンリンに照準を合わせた男が炎に包まれる。
「うわああ!」
男は悲鳴をあげて転げ回る。火はますます強くなり、激しく燃え上がった。肉が焼ける匂いが立ちこめ、男は動かなくなった。突然の発火にボスは目を見開いた。
「あの女はパイロ系の異人だぁ! 殺せ!」
ボスの命令を聞いて男たちが一斉に銃を構えた。制御できない異能の反動と排マナにあてられて、シャンリンは力なく膝をつく。頭を支配する絶望感、身体を侵食する倦怠感、シャンリンは動けない。ただ地面を流れる血を眺めていた。
――ピリリリ!
突然スマートフォンの着信音が響いた。数秒鳴り、止まる。一瞬だが殺戮を中断させた。
「やれやれ、酒が不味くなるなぁ」
事態を傍観していた赤髪の男が呟いた。スマホの画面を見ながら溜息をつく。
「な、なんだとぉ!」
ボスが険しい表情で言った。男は酒をあおるとゆらりと立ち上がった。
【参照】
パイロ系→第百二十二話 五大元素




