第二百九十三話 少女たちのサバイバル
トラックの見張りの男は中国系武装組織[赤い尖兵]に雇われたバイトだった。コンテナの中身は拘束されていて逃げられるはずがない。商品の中には異人が混ざっているが、マナ結界が張られていて安全だと聞かされている。あと一時間もすれば自分も宴会に参加できる。そう考えており、定時までゲームをして時間を潰していた。
ゲーム内でアイテムを購入するために課金をした時だった。荷台からドンドンッと音が聞こえる。コンテナ内で女が暴れているようだ。男は舌打ちをする。
「うるせぇ、ガキども! ……あーでも自殺とかされたらボスに怒られる。一応確認はしたっつー事実を残しておく必要はあるか。くそ面倒くせぇ、アイテムも出ねぇしよぉ」
男は運転席から降りると荷台の後ろに回る。コンテナのロック棒を外し扉を開けた。周囲の暗さもあって中がよく見えない。男は悩んだ。暴れている女はいないし、皆が大人しく座り込んでいる。異常は見られない。
(一応中を見ておくか)
そう考えた男はコンテナに上がって中に入った。数歩進んで立ち止まる。少女たちは俯いている。手を後ろに回して力なくうなだれていた。男は溜息をついた。
「静かにしていろ、お前等……あれ?」
目を凝らしてみると女の首輪から壁に伸びていた鎖が外れている。(こんな感じだったっけ?)男の顔に疑問符が浮かんだ。その時である。能天気な声が場の緊張感を消し去った。
「おじさーん、銃くらい持ってきなよ」
「なに!」
振り返ると目の前に鉄球が迫っていた。ゴキンッと鈍い音が響き、男の頭蓋が砕け血飛沫が飛んだ。男は即死し床に伏す。ヤオが足を振り切った体勢のまま笑っていた。テレキネシスで鉄球を蹴り上げたのだ。
「ホームラーン! あは!」
ヤオは顔に付いた血を舐めた。少女たちが一斉に立ち上がる。他に見張りの姿はない。森に逃げ込めば助かる可能性がある。シャンリンが言った。
「じゃあ、誰が死んでも恨みっこなしだよ。生きていたら港で会おうね」
その言葉で少女たちがコンテナから飛び降りる。後ろを振り向かずに全力で走った。シャンリンとヤオ、茶髪の少女が残った。シャンリンは座ったまま動かない茶髪の少女に声を掛ける。
「あなたは逃げないの?」
「……私はいいです。ヤオさんが言ったとおりですよ。妊娠、中絶、流産を繰り返して……麻薬も打たれて……もうボロボロですから。私の体力では山を下りられません」
十代半ばの少女は疲れ切った表情で言った。生きる希望を持てない少女が皆を救うため、ヤオに交換条件を出したのだ。
「ばっかみたい」
ヤオは鼻で笑うと荷台から降りて森へ消えていった。シャンリンは後ろ髪を引かれる思いを抱きながらコンテナを出た。そしてうずくまる少女に問う。
「あなた名前は?」
「……チュラン」
「チュラン! また会おうね」
シャンリンは笑顔で手を振ると森へ向かって走り出した。
◆
想像以上に森は深かった。夜道で歩みが遅くなる。周囲から銃声と女の悲鳴が聞こえてくる。追っ手が迫っていた。既に何人かが捕まったか、殺されたか――。逃げ切れないかもしれない。シャンリンは肩で息をしながら膝をついた。
「逃げられるわけねえだろ。仲間が殺されているんだ」
背後から声がする。村でシャンリンを捕らえた人買いの男である。シャンリンは男を睨みながら後ずさった。男はゆっくりと距離を詰めてくる。
「ボスからお前等の処遇を好きにしていいって言われているぜ。殺すのも楽しむのもな。……が、あいにく俺はガキが嫌いなんだ」
男は銃を構えた。誰が死んでも恨みっこなし――後悔が無いといえば嘘になる。しかし仕方がない。シャンリンは目を閉じて覚悟を決めた。すると男のスマートフォンが振動した。
「もしもし、俺です。はい、はい、ああそうですか。了解です」
男は何者かに指示を受けてスマホを切った。
「お前を捕らえて上へ戻る。他の女もだ。ちょっとしたショーだそうだ。やれやれ気まぐれなお方だぜ」
そう言い捨てるとマナの光を放った。それは蛇のようにうねりながらシャンリンを締め上げる。異人もどきのシャンリンでは抵抗できるわけもなかった。
【参照】
赤い尖兵→第二百六十二話 中途半端な悪党




