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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第十五章 神威計画 ――中浦公園抗争編・神威vs異人狩り――
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第二百八十九話 夏の風に吹かれて

 中浦公園での神威と異人狩りの抗争は「中浦公園抗争事件」としてメディアで大きく扱われた。しかし、ホームレスと反社組織の抗争とされ固有名詞が表に出ることはなかった。


 身元不明の死者が二十一名。怪我をしていた異人狩りのメンバーが重要参考人として拘留されたが、警察は認否を明らかにしていない。


 異人組織が関わった可能性があり、特殊能力者協会が会見を開いた。副会長の黒川亜梨沙は記者の質問に「警察が捜査中ですので、具体的なコメントは控えたいと思います」と答えている。


 中浦公園のホームレス村は強制撤去となった。これは「ホームレス自立支援計画」の一環とされた。住処を無くしたホームレスに宿所を提供する計画だが、貧困ビジネスと大差なく、一枚噛んだ龍王(ドラゴンキング)龍尾(ドラゴンテイル)のような反社組織が諸手を挙げて喜ぶ結果となった。


 国の世話になりたくないホームレスは河川敷や西綾瀬公園に移住した。深夜に行進するホームレスの姿はSNSにアップされ、ちょっとした社会現象となった。


 事件から半月経ち季節は夏になっていた。既に世論の中浦公園抗争事件に対する関心は薄れつつありメディアは新しいニュースを求めている。


 シュウとココナは西綾瀬公園のホームレス村へ来ていた。うっそうと茂った緑が夏の陽光に包まれていた。テントから伸びたロープに風鈴が吊るされており、夏の風がちりんちりんと涼しげな音を奏でていた。


 風になびくボブヘアを押さえながらココナが言う。


「みんな、いなくなっちゃったねぇ」


 夏目や玄、顔見知りのホームレスは姿を消していた。テントの中はもぬけの殻だった。ホームレスの数は増えているが新顔が多い。中浦公園から流れてきた者たちだ。


「私ねぇ、ナツさんのこと……お父さんのように思っていたんだ」


 シュウは黙って夏目のテントを見ている。


「だって、お父さんの(しるし)を持っていたんだもん」


「印って?」


 ココナは照れたように笑う。


「私がナツさんと初めて会ったのは雨の日だった。異人狩りを名乗る不良にボコボコにされててさ。ナツさんはあんなに強いのに反撃しないんだもの。私が止めに入ったの『お巡りさーん、喧嘩です!』って演技してね」


「ふーん」


「助けた時ね、ナツさんは古びたブレスレットを落としたんだ。それを見て思い出したの。昔、お母さんに言われた言葉」


「なんて言われたんだ?」


「お父さんは腕にブレスレットをはめてるって。それが目印だって。そう言ったお母さんの顔……今でも忘れられないよ」


 ココナは夏目と初めて出会った日から特別な思いを抱いていたらしい。シュウの胸が締め付けられる。


「でもねぇ、落としたブレスレットを返した時、ナツさんって『ありがとう』の一言しか言わないんだもの。すごい素っ気ないの。やっぱり違うよねぇ」


 喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。ココナの横顔をまともに見られない。シュウは夏の空を見上げた。


「私の名前ってお母さんとお父さんの名前を取って付けられたんだって。ココナって漢字だと心と和なんだけどさ。お母さんが心春、ナツさんの名前は和彦。偶然にしてはできすぎだよね」


 ココナと名付けて夏目の帰りを待っていた小春の気持ち。まだ若いシュウに大人の事情(こと)は分からない。気の利いた言葉が出てこなかった。


「そうだな。できすぎだ……本当に」


 雅な風鈴の音、賑やかなセミの鳴き声、ホームレス村の喧噪が心に空いた穴を埋めてくれる気がした。ココナはジッとシュウの顔を見詰める。


「シュウくんさ、私に何か隠してない?」


「な、なにが!」


 ココナが額に細い指を当てながら唸る。


「私ね、異人になってマナが視えるようになったの。そうしたらねぇ、勘が鋭くなったみたい」


 リンと同じ精神感応系なのだろうか。そうだったらとても困るとシュウは顔を引きつらせた。


「ねえ、シュウくん。私たちさ、依頼が終わったら会わなくなるのかな」


 ココナはシュウの胸元に指を添わせる。


「放っておけるのかな? 私のこと。異人狩りに襲われるかもしれないよ」


「放っては……おけねーかもね」


 青木から、そして夏目からもココナのことを頼まれている。当然放っておけない。


「じゃあ付き合っちゃえばいいんじゃないかな?」


 添わせた指をクルクルと回す。くすぐったかった。


「それはちょっと……リンが怒るし」


 たっぷり二十秒は見詰め合った。プレッシャーに負けてシュウが先に目を逸らす。恋愛経験がないシュウは照れて顔が赤くなっていた。くすりとココナが笑う。


「じゃあさ。私、協会(トクノー)に行くから付き合ってください」


 突然の申し出だった。本気で協会員になるつもりなのだろうか。シュウは目を逸らしたまま答えた。


「西田さんと行けば?」


 ココナの目がキラリと光る。両手でシュウの頬をつねった。ぎゅうと力を込める。


「いててて……! 行く行く、付き合うよ!」


 ココナは小悪魔のような笑みを浮かべて満足げに頷いた。シュウはココナと一緒に協会へ出向くことになった。依頼が終わっても彼女との関係は続くらしい――シュウは鼻の頭を掻くと、はにかむように笑った。

【参照】

ココナと夏目の出会い→第百四十二話 夏目和彦

龍王の貧困ビジネス→第百五十七話 貧困ビジネス・ドラゴン荘

西田→第百六十四話 オオカミと歌う女

龍尾の貧困ビジネス→第二百四十八話 半グレの男女がコーヒーを飲むとき

ココナの名前の意味→第二百五十一話 セピア色の部屋と満開の桜


――あとがき――

いつも読んでいただきありがとうございます。

今回の章でそこそこの数の伏線を回収できたのではないかと思います。

異人狩り編(第百四十二話)を書き始めて早々に「あ、このネタどうやって落とすんだ、自分」と思いましたが、まあ落ち着くところに落ち着いたのかなとホッとしています。

シャーロットが何故殺されたのかとか、ソフィアがどうなるのとか、異人病研究の禁忌ってなんだよとか……まだ謎は残っていますし、新たな伏線が多数出現していますが、それらも必ず書きます。

群像劇ゆえ各キャラの物語が同時進行しますので、もう少々お待ちくださいませ。


さてさて、明日から新章がスタートします。

今後ともよろしくお願いいたします。

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