第二百八十四話 ココナの覚醒
「どうして……お母さんが出てくるの?」
ツクモは残忍な笑みを浮かべた。
「お前の母親は自殺じゃねぇよ。殺されたんだ。異人病の研究をしていて禁忌に触れちまった。あの晩、オレ達はあの女を屋上まで追い込んだ」
ココナは絶句する。
「追い詰められた女はこう言ったよ。『娘には手を出さないで』と。そう言って飛び降りた。厳密にいやぁ自殺なんだろうがオレ等が殺したも同然だ。追い込んだのは雇われた異人さ。あの女は自分が守っていた異人に殺されたんだ。オレはあの女が屋上から落ちるのを後ろで見ていた」
ツクモの告白にココナは膝をつく。
「お前が狙われるのは機密を知った母親のせいだ。ああそうそう、母親を追い込んだ異人は口封じでオレが殺した。仇をとってくれてありがとうって感謝でもするか? ひゃはは!」
ツクモの嘲笑が哄笑へ変わった時、足元の青木が動いた。ココナの顔を見ると目に光が戻る。無表情だった顔に笑みが浮かんだ。
「ココナちゃん……だよな」
「青木さん!」
「立派になったなぁ! ははは、よかったぁ。街を彷徨っていた女の子がこんなに美人になって……もう大丈夫だなぁ」
青木はにっこりと笑った。
「俺はもうボケちまった。異人病だ。いつまで正気でいられるか分からねぇけど……人生の最期に奇跡が起きた。ココナちゃんの顔を見られた。立派に成長した姿を見られた……心春さんにそっくりだ。俺は絶対に……忘れないよ」
ココナの目から涙が溢れてくる。命の恩人の言葉が冷え切った心に染みこんできた。あの夜の公園でのことが思い出される。ホームレスと囲んだ焚き火の暖かさ、そして人の温かさ。走馬灯のように巡ってくる。
「きみは独りじゃない……金色の少年がいるじゃないか。彼がきみの隣にいる限り……きっと大丈夫だ」
「シュウくんを知っているの?」
青木は大きく頷いた。
「彼に頼んだんだ、中浦公園のホームレスを助けてくれって。ココナちゃんの思い出を守ってくれって。だから大丈夫。ココナちゃんの人生はもう大丈夫だ。だから……」
青木はゆっくりと立ち上がるとこう言った。
「今度こそ幸せになるんだよ」
よろめく青木を支えようとココナが駆け寄ろうとした瞬間だった。鈍い音が響き、青木の胸から鮮血が吹き出した。血がココナの顔に散る。何が起こったのか理解できなかった。
青木が地に伏す。背中には半透明の槍が刺さっていた。ツクモが生成した<空気槍>が心臓を貫いていた。ココナの目の前で青木は死んだ。ココナは青木の亡骸を揺さぶる。手にべっとりと血が付いた。
「悪魔に魂の救済を」
ツクモがぼそりと呟き、異人狩りと書かれた紙を投げた。その紙はヒラヒラと舞い血溜まりの中に落ちて真っ赤な液体を吸い上げる。ココナは大きな瞳を見開いてそれを見ていた。
「な……んで?」
数秒前まで生きていた青木を見詰める。血の匂いが鼻腔を抜け感情を麻痺させた。その時だった。――バチッ。ココナの頭の中で何かが弾けた。目の奥で光が閃く。激しい頭痛。静寂の海に津波が押し寄せるように激情が一気に戻ってくる。
「いやぁぁ!」
叫び声に呼応するようにマナの光が輝く。それは光の柱となって夜空を照らした。光のマナがココナの内から溢れ出てくる。ツクモはそれを視ると笑った。
「ひゃはは! 信仰系の光のマナか――覚醒しやがったな」
泣き叫ぶココナが放つマナは異人のそれだった。絶望した分だけ、地獄を見た分だけ強力な異能が発現する。青木はココナを異人に覚醒させるための贄だった。ツクモは槍を生成する。そしてココナに向けて言った。
「これでお前も異人だ。心おきなく殺せるぜ」
静かに槍を構える。ココナは力ない表情でツクモの顔を見上げていた。
【参照】
異人覚醒①→第六話 冬の日
異人覚醒②→第三十一話 無価値な世界
異人覚醒③→第四十九話 誓いの炎
空気槍①→第百五十一話 異人狩り
空気槍②→第百八十三話 遭遇
空気槍③→第二百六話 異人狩りの不意打ち
母親の自殺→第二百十三話 自殺しました
ホームレスと囲んだ焚き火→第二百二十一話 期限切れの弁当
信仰系のマナ→第二百二十五話 羽生麟太郎




