第二百八十一話 神威の進撃
蒲田の足元にホームレスの死体が転がっている。首や手、足が切断され血の海になっていた。新手の異人狩りは強く、異人ホームレスを圧倒していく。戦場のボルテージが一気に上がった。
「くく、異人は皆殺しだ」
蒲田は笑いながら刀に手を掛ける。しかしすぐに笑みが消え、後ろを振り返った。視界の隅に青い稲妻が映ったからだ。
「てめぇ! なんてことしやがる!」
シュウが電拳を放っていた。間一髪、蒲田はそれを回避する。すぐに体勢を整えシュウと向き合った。そして低い声で言う。
「あの女の護衛をやっていた金髪のガキか」
――あの女。蒲田の言葉にシュウは寒気を感じた。
「なんのことだ?」
「ジャイの滝本ココナだよ。脅迫状見たんだろう? お前、こんな所にいていいのか?」
シュウの鼓動が早くなっていく。嫌な汗が流れた。
「ココナは関係ねーだろ!」
蒲田は一瞬目を見開き笑った。
「ははは! 脅迫状に書いてなかったか? 悪魔を庇う者に魂の救済を! あの女は死ぬんだよ」
「脅そうったって無駄だぜ! 今、ココナはマナ結界を張った部屋にいる。殺せるわけがねーよ!」
「めでたい奴だな」
沼の方にいた香坂が寄ってくる。アクア系のマナを纏い手強そうだ。二人でシュウを取り囲む。香坂は冷めた目でシュウを見ていた。
「どういうことだ?」
シュウは苛立ちながら問う。
「さあな」
香坂はシュウの問いには答えない。シュウは雑念を振り払った。
(師匠が言っていたな、エレキ系とアクア系ならエレキの方が強い!)
苛立ったシュウは電気のマナを練り始める。しかし、香坂に動揺はない。
「俺はアクア系だ。本来ならエレキ系のお前とは戦いたくない。感電しちまうからな。しかし……」
香坂はゆっくりと歩いてくる。その表情には余裕が見えた。
「足元を見ろ」
先刻のアクア系の異能で辺りは水でぬかるんでいる。それはかなりの広範囲に及んでいた。シュウは香坂の意図を理解しマナを解いた。
「そうだ、お前が電気を使えば足元の水を伝って周りのホームレスを巻き込むかもしれないぜ。俺を倒すためだけに他人を巻き添えにする覚悟はあるか?」
本来は有利な属性のはずが技を封じられた。こんなやり方があるのか――シュウは舌打ちをする。狡猾な駆け引き。実戦経験の差が現れていた。隙を見て蒲田が刀を抜きシュウに斬りかかる。
「死ね!」
蒲田の居合いは速いうえに伸びる。間合いが広い。真空の刃のような切っ先がシュウを切り刻んでいく。シュウは電気のマナを使わず反射神経のみで回避していた。
「すげぇすげぇ! 素でそれだけ対応するかよ!」
「くっ!」
いつかは斬られる。背後にいる香坂にも意識を向けなくてはいけない。シュウに余裕はない。周りのホームレスが加勢に入るが香坂のアクア系の異能で地に伏していく。
その時だった。東の方でマナの光が輝いた。それは柱となって夜空を照らす。見覚えのあるマナだった。シュウは反射的に叫んだ。
「ココナ!」
一瞬だがシュウの意識が戦闘から逸れる。蒲田はそれを見逃さなかった。神速の斬撃を見舞う。
「異人に死を!」
かわせない。思わず目を瞑る。シュウは死を覚悟した。
「ぐっ!」
うめき声が聞こえた。目を開けると、黒いロングコートが見えた。蒲田は日本刀を落とし、地面に倒れて悶えている。
「待たせたね、シュウくん」
聞き覚えのある声。細目で強面の中年ホームレス。夏目和彦だった。笑顔で手を差し伸べている。
「リンちゃんと約束したからね。きみを守ると」
「ナツさん!」
手を借りて立ち上がると、不機嫌そうな声が聞こえた。
「情けねぇなぁ、小僧! 傷だらけじゃねぇか」
玄だった。伸びた白い髭を撫でながらシュウを見ている。二人だけではない。西綾瀬公園の神威が集結していた。
劣勢の中の光明だった。西綾瀬の神威が異人狩りを倒していく。中浦の神威も底力を見せる。戦の潮目が変わった。しかし数の差は苦しい。
「シュウくんは行ってくれ、東の廃墟の方だ。おそらく滝本さんがいる」
夏目が言った。しかしシュウは躊躇する。
「で、でも……異人狩りの連中は強いし……放っておけねぇよ!」
夏目は首を横に振った。
「こんな水浸しの場所で電気を使われたら危険だ。今、君にできることは滝本さんのもとへ向かうことだけだ。頼む、我々の恩人を死なせないでくれ」
シュウの迷いが晴れていく。やはり夏目は凄いと思った。覚悟を決めて言い放った。
「よぉぉし! みんなぁ、ココナのことは任せろぉぉ! 俺が戻るまで死ぬんじゃねぇぞぉぉ!」
混乱の中で不思議とシュウの声はよく通った。一瞬静まり返るが、すぐに歓声へと変わる。士気が上がった。シュウは戦線を離脱した。襲ってくる異人狩りを回避しながらマナの閃光が見えた東へ向かう。
「シュウくん!」
その背中に夏目が声を掛ける。返事をする余裕はない。シュウは振り返って夏目を見た。
「ココナをよろしく頼む! 元気でな!」
そう叫ぶ夏目が何故かセピア色に見えた。シュウは大きく頷くと発電し駆けていく。もう後ろを振り返らなかった。
【参照】
異人狩りの脅迫状→第百四十三話 異人病
エレメンターの属性→第百二十二話 五大元素
夏目とリンの約束→第百五十五話 夏目の報酬
ココナの部屋にマナ結界→第二百十五話 雨夜の電話




