第二百七十四話 瞳に宿った金色の光
風が強い夜だった。黒く染まった雲が空を流れていく。その合間にうっすらと月が見え隠れしていた。シュウはクロスバイクに跨がって三葉町の田舎道を走っていた。ポツポツと民家が見え、遠くでコンビニの看板が光っていた。
昨晩シュウは無事に身辺警備を終えた。振り返ってみると呆気なく思えるほど平和な警護だった。やはりただの脅しだったのだろう。ココナと村山はそう結論づけた。しかし夏目だけは釈然としない表情を浮かべていた。
「何にせよホッとしたぜ。ココナの依頼が終わって」
シュウはココナのマンションへ向かっていた。これから打ち上げの予定だ。シュウは大きく深呼吸をした。冷たい空気が肺を満たしていく。そしてぼんやりと街灯を眺めた。ここ半月ほどの緊張感が途切れそうだ。どっと疲労が押し寄せてくる。
「シャーロットさん。俺……今度は守れたよ」
しかしまだ油断はできない。シャーロットは依頼が終わった翌日に死んだのだ。今日が終わるまでは気が抜けなかった。
「なんだありゃ?」
少し先にファミレスの廃墟がある。そこの駐車場に人だかりができていた。多くのバイクが止まっている。周囲には何もない。人気もない。あるのは廃墟と畑。明らかに不自然な人だかりだ。
「くせーんだよ、じじい!」「意味分かんねぇこと言ってんじゃねぇぞ!」柄の悪い声が聞こえてくる。どうやらリンチのようだ。週末の田舎と暴走族はセットだ。刺身と醤油のような組み合わせだ。
シュウは駐車場の横にクロスバイクを止めた。バイクの明かりが眩しい。不良が十人ほどいるだろうか。ホームレスの老人がリンチに遭っていた。
「やめろよ!」
シュウは当然のように仲裁に入った。相手が大勢でも被害者が汚いホームレスでも関係ない。悪いことは見過ごせない性分だった。
「あぁ? なんだてめーは!」「ガキじゃねぇか! やっちまえ!」アニメで聞くような決まり文句、良くも悪くも予想通りの反応。見たところ普通人だった。
「俺達は異人狩りだ!」リーゼントの男が叫んだ。
シュウは男が持つ鉄パイプを視た。マナが行き届いていない。普通人であろうが、それなりの実力者なら道具にマナが集約されるものだ。(こいつらは偽物の異人狩りか)シュウは瞬時に見抜いた。
「死ね!」
シュウに向かって鉄パイプを振り下ろす。それをヒラリと回避し、男の脇腹を軽く叩いた。男は倒れ悶絶する。シュウはそのまま群がる不良の間を駆け抜け最低限の動きで急所を打ち抜いていく。あっという間に決着がついた。
「力を持て余しているなら正義の味方になれよ、バカ野郎」
シュウは冷めた声で言う。
「こ、こいつ本物の異人だ! 逃げろ!」
根拠のない捨て台詞。不良は口々に叫びバイクに跨がった。シュウは意図的に不良達に撤退する余力を残したのだ。甲高いエンジン音が遠ざかっていく。
「おっさん、大丈夫か」
シュウは屈んで男の肩に手を置いた。どうやら男は異人のようだった。マナ量が多い。見た目ほどダメージを負っていないだろうとシュウは安堵した。
禿げた頭、浅黒い肌、前歯の無い口元、汚いジャージ……普通なら侮蔑の対象だろうがシュウは違った。困っていたら助ける。人として当然のことだ。
「なかにちくるよぉ……みんな死んじまうよぉ」
男は両手で耳を塞ぎブツブツと呟いている。異人病か――そう思った。
「どこかで見たような気がするなぁ、このおっさん。どこだったっけ」
以前ココナのマンションに向かう途中ですれ違ったが、シュウの記憶は曖昧だった。男の首にカードが掛けられている。「私は青木です」と書かれていた。
「青木さんか……あれ?」
――ホームレスの青木。最近どこかで聞いた名前だった。それはどこだったか、誰からだったか。シュウは空を見上げた。月は完全に隠れ、空は黒い雲で覆われていた。
「青木さん、警察で保護してもらおうぜ。連れてってやる」
しかし青木の表情は虚ろだ。シュウの顔を見てはいるが、その視線は虚空を捉えている。錯乱する青木をクロスバイクのリアキャリアに収めるのは骨が折れそうだった。
「警察呼ぶか」
シュウはスマートフォンを手に取った。その時、ヒュウと冷たい夜風が吹き抜けた。雲が途切れ月明かりが差す。シュウの金髪と金色の目がキラリと光った。すると真っ黒だった青木の瞳に生気が宿った。
「あ、あんた……電拳のシュウかい?」
「え?」
突然名前を呼ばれたシュウは目を見開いた。青木の瞳には金色の光が反射していた。
【参照】
死んだシャーロット→第四十四話 世界の終わり
青木の話を聞いたシュウ→第二百五十三話 笠原ワクチンに近づくな




