第二百六十九話 雨夜と指切りげんまん
雨夜は南の父親について話す。
「黒川家当主、黒川残月さん。協会に三名しかいないSS級ギフターで、間違いなく最強の一角です。アルテミシア騎士団長と並ぶ強者ですね。残月さんは十大異人で二位。三位のランさんより上なのです」
「へー、師匠より強いのか。なるほどね、南は闇の御曹司ってとこか。水門の姫とは随分違うよな。仲良いのか?」
「……私は副会長の亜梨沙さんや南さんに嫌われていますよ。特に亜梨沙さんは、その時が来れば躊躇せずに私を殺すでしょう……仕方ありません。宿命というものです」
雨夜が寂しそうに目を伏せた。しばらく沈黙が続く。そこで源が口を開いた。
「少々脱線しましたが、問題は高原家にアイス系の異能が発現したということです。その事実を本家に近しい者は看過できない。氷結能力は呪われた血統ですから。氷雨様は表に立つことを許されませんでした。そして失踪してしまわれたのです」
これまで雨夜の強すぎる使命感の理由が分からなかった。しかし今の話を聞いて得心がいった。雨夜は本家の期待を背負っているのだ。水門重工の令嬢として。そして異能の名門、高原家の跡取りとして。
「本家は氷雨様を表向きは勘当していますが、行方を追っています。社長……左京様は帝王学を学ばれた厳しいお方ですから、氷雨様を身内の恥だと考えているようです」
源の言葉にシュウは嫌悪感を示す。
「実の娘が雪女だったから恥だって? アホか! 本家のやつら全員頭おかしいぞ。これだからエリート気取っているやつらはバカなんだよ! 姉ちゃんが可哀想だろ!」
シュウの歯に衣着せぬ物言いに源は吹き出しそうになった。平姉弟も視線が泳いでいる。本家に忠誠を誓う身として、どう反応していいか分からないのだ。雨夜は大きい瞳を瞬かせた後、頬を赤く染めた。
「あ、あの……シュウさん。ファイブソウルズの件が一段落したらでいいのですが……」
雨夜が上目遣いでシュウを見ている。
「なんだよ」
「わ、私と一緒に姉を捜していただけないでしょうか」
「別にいいよ、日本のどっかにいんだろ」
「ほ、本当ですか? 約束ですよ!」
「おう」
雨夜は笑顔を浮かべると小指を差し出した。指切りげんまん。シュウと雨夜の小指が絡まる。雨夜の笑顔を見て平姉弟は驚いた表情を浮かべる。本家では決して笑わないからだ。
「ところで、なんで姉ちゃんのことを俺に話したんだ? 本家の連中にとっては隠したいことだろ」
シュウの問いに雨夜は顔を赤くした。
「べ、別に深い意味はないのですが……これからもっと仲良くなる前に……その……知っておいてほしかったといいますか……」
最後の方は聞き取れなかった。
「聞こえねーよ、なんだって?」
「な、なんでもありません! あ、あなたのことなんか好きでもなんでもありませんから!」
「そりゃそうだろ。お前、小学生だし」
「あなた、さっきの話聞いていました? 八歳差は普通です!」
雨夜は顔を真っ赤にして叫んだ。源は苦笑しながら二人の様子を眺めていた。年相応の反応を示す雨夜を見ると、どこか安堵する自分を感じながら。
【参照】
ラン→第十八話 シュウの師匠
騎士団長→第五十七話 アルテミシア騎士団長
雨夜の強すぎる使命感→第九十九話 テロリスト
十大異人→第百話 異人喫茶の日常
失踪した氷雨→第二百四十五話 電拳のシュウの前で殺せ
雨夜を嫌う亜梨沙→第二百五十八話 あんなぬるい任務じゃ僕は死なない




