第二百六十八話 雨薙ぎの巫女
雨夜はデザートを食べていた。プリンを頬張る姿は普通の女の子だ。雨夜の後ろに隣室にいた源と平姉弟が控えている。雨夜はスプーンを置くとシュウの目を見た。優雅な所作で口元を拭きながら言う。
「シュウさんに話したいことがあります」
「なんだよ、まだなんかあんの?」
雨夜は逡巡した後、深い溜息をついた。意を決したように話し始める。
「突然のことで驚かれると思いますが、私には姉がいるのです」
姉のことは源から聞いていた。訳ありだと言うこと。雨夜に一族の期待が集中する理由になっていること。後ろに控える源に視線を送ると、向こうは軽く頷いた。
「そうか」シュウは一言言った。それでと続きを促す。
「姉の名は氷雨。年齢はシュウさんより少し下です。その名のとおり、生まれながらに氷のマナを纏っていたそうです」
「ふーん、黒川南みたいなもんか」
黒川の名を聞いて雨夜の表情が曇る。
「以前、異人自由学園のカフェで少し話しましたが、私と南さんは遠い親戚のようなものです。高原が本家、黒川が分家。どちらも異能の名門で千年以上遡れます。先祖は【雨薙ぎ】の異名を持つ偉大な巫女だったと言われています。アクア系と精神感応系は巫女の特性なのです。故に高原家と黒川家にはどちらかの異能を宿した異人が多くいます」
雨夜の話はこうだった。陰陽師が宮廷で権力を振るっていた時代に巫女の血筋である両家は政治の中枢に入り込み、確固たる地位を得た。高原と黒川は絶大な権力を持ったが、高原が表の顔だとすると黒川は裏の顔だという。
精神感応系の異能を多く排出する高原は政治を、念動力系の方が色濃く出る黒川は軍事や諜報を請け負った。両家の役割は明確に分かれていたらしい。
しかし、長い年月を経て世の中が平和になるにつれ、黒川を呪われた血筋だと言う者が現れた。強力な異能を秘める闇の存在だと。しかし、高原の闇を食らう一族として、その血が絶えることはなかった。
「アクア系の上位互換にアイス系があります。アイス系は黒川家に発現する異能です。南さんは父親譲りのアイスキネシスを発揮し、最近AA級に上がったのです。あの若さでは異例です。AA級は九名しかいないのですから」
「え? あいつって親父いんの?」
シュウの質問に雨夜が呆れ顔になった。
「当たり前です! なんですか、雪から生まれたとでも言いたいのですか?」
「あいつならあり得るだろ、変な奴だし。で、父親ってどんな奴?」
「あなたという人は……本当に困った人ですね」
雨夜は疲れた表情で溜息をついた。
【参照】
異人自由学園のカフェ→第五十四話 もう一人その場にいませんでしたか
巫女の血筋①→第八十五話 蛇の民と瑪那人
巫女の血筋②→第百八話 魔女の千里眼
雨夜に姉がいる①→第百十五話 雨夜の勘
高原家と黒川家→第二百三十八話 終末の世界で生きていく
雨夜に姉がいる②→第二百四十一話 不良神父とシスターの少女
AA級に上がった南→第二百五十四話 騎士団の女とでも遊んだらどうだ?




