第二百六十七話 八歳差の片想い
「ま、まあ分かればいいよ。メシ食おうぜ! ヘルシーすぎて満腹にならねーと思うけど」
シュウは雨夜を気遣い、敢えて明るい口調で言った。しかし雨夜はシュウの顔を見るとこう返した。
「彼女云々はそうですが、朝シャワーと不純異性交遊は便利屋の営業時間内なので私にも関係ありますね」
ぴしゃりと言い切った。シュウはテーブルに突っ伏しそうになるのを堪えた。
「さあ、答えてください! あ、あなたは……その……あの電話の後に……滝本さんと……いやらしいことを」
声が段々と小さくなり最後は聞き取れなかった。顔が真っ赤だ。雨夜はまだ小学生だ。恋愛経験はゼロに等しい。
「なんもねーよ! 俺シャワー浴びなかったし! そもそも付き合ってねーし! 彼女いたらリンが怒るし! 兄妹愛に亀裂が入るし! これで満足か?」
「そ、そうでしたか!」
雨夜が今日初めての笑顔を見せた。いや、今までで一番の笑顔かもしれなかった。ツインテールが弾んで見えた。シュウは思いきり脱力した。
二人は食事を再開した。若干の気まずさが残りつつも穏やかな時間が戻ってきた。雨夜がおもむろに口を開く。
「私が八歳であなたは十六歳ですよね。八歳差です」
「ん? まあ、そうかな。お、この魚美味い」
「私が十八歳の時にあなたは二十六歳。二十八歳で三十六歳です。二十八歳と三十六歳なら……違和感ありませんよね」
雨夜は独り言のように呟く。その優しい眼差しは美味そうに食事をするシュウの顔を見ていた。そこで何かを思い出したように口を開く。
「そうでした。私、あの時の電話でファイブソウルズの件で気になることがあるって言いましたよね」
シュウは飯を食べながら頷いた。
「最近、氷川市に難民の子供が増えているんです。旧市街の方にはストリートチルドレンの姿も見掛けるようになりました」
「ああ、近所でも見掛けるぞ。俺も似たようなもんだったけどな」
「その中にマナ量が異常に多い子供が混ざっているのです。最近、協会や騎士団も警戒し始めています」
「マナ量までは気にしたことなかったな。で、それとファイブソウルズがどう関係するんだ?」
「お忘れですか。ナンバーズの印象が強いですが、もともとファイブソウルズは戦災孤児に自爆させるテロ組織です。ルトナさんの自爆はまだ記憶に新しいですよね」
シュウの顔に緊張感が走る。
「異人自由学園への襲撃と雨の市街戦以降、ファイブソウルズは目立った活動をしていません。ですが、アメリカや東国ではファイブソウルズのテロは減るどころか増えているのですよ。水門重工の海外支社も警戒を強めています」
シュウはルトナの自爆を思い出していた。あのような事件を繰り返してはいけない。
「ファイブソウルズの土使いは高原左京を狙うと言いました。今のところは何もありません。ですけど……」
一呼吸置いてこう続けた。
「龍尾と龍王の抗争の裏で彼等が息をひそめて何かを企んでいる――そう思えてならないのです。そう考えていたところに難民のストリートチルドレンが増え始めた。何かの予兆のように」
雨夜がすがるようにシュウを見ている。
「シュウさん、私は不安なのですよ。何か恐ろしいことが起こりそうで……とても不安なのです」
シュウは気の利いた言葉をかけることができなかった。今のシュウは抱えている問題が多すぎた。ファイブソウルズは気になるがココナの警護は明日が最終日だ。しっかりとココナを無事に守り終える。それが最優先事項だった。
【参照】
ファイブソウルズの自爆→第五十二話 ファイブソウルズ
ルトナの自爆→第七十話 難民の少女
東国のテロ→第七十四話 マラソン・エナジー
ファイブソウルズのナンバーズ→第八十二話 ナンバーズ
雨の市街戦→第九十八話 世界の平和




