第二百六十五話 不機嫌な少女と飯を食う
ライトアップされた異人街を歩いて行く。平日の夜だが凄い人だかりだった。黒服のキャッチ、コスプレしたウェイトレス、甚平を着た居酒屋店員。仕事を終えた人が彼等に捕らえられていく。
シュウは未成年だがお構いなしだ。品性皆無の黒服が三本指を立てる。「金髪の兄ちゃん! 今夜どう? 飲み! 飲み! 抜き!」そして五本指を立てる。「異人なら五パーセント引くよ! 良いコいるよ」異人街ならではのサービスがあるらしい。シュウは適当にあしらって待ち合わせ場所へ急ぐ。
「よう、待たせたか」
シュウは駅前で待つ高原雨夜に声を掛けた。
「今来たところです」
雨夜は水門重工の令嬢だ。背筋をピンと伸ばして立っている。気が強そうなつり目で威厳はあるが、ツインテールが似合う小学生だ。
雨夜の後ろには付き人の源、護衛の平姉弟がいる。時間帯が夜だから、ということもあるが水門重工はファイブソウルズの標的にされている。護衛は必須だ。源と一緒にいる平巴と平尊は協会のA級ギフターでもある。
雨夜はシュウの姿を見た。頭から靴まで視線を流す。「はぁ」溜息を吐いた。シュウはパーカーに短パンである。
「なんだよ」
「私が子供だからかもしれませんが、もう少し服装に気を遣ってください。それ、上下で五千円以下でしょう。私が買って差し上げましょうか?」
雨夜は手を腰に当ててシュウの顔を見上げている。いつもツンツンしているが今日はそれに拍車が掛かっていた。
「別にいいって。それで?」
「フレンチでも良かったのですが、あなたが緊張しないようなお店にしました。それでもドレスコードはあるのですが……まあ私がいるから大丈夫でしょう」
雨夜はそう言うとシュウの前に立って鼻をクンクンした。
「……」
「……なんだよ」
「香水の香りがしますね。リンさんですか?」
「お、お前も匂いが気になるのか? まあ……リンだけど。なんか最近香水に目覚めたらしいよ」
「そうですか。何となくですがリンさんのメッセージを受け取った気分です」
雨夜は不機嫌そうに言い放つと、くるりと背を向けて歩き出した。素っ気ない。思春期の妹のようだ。
源は苦笑しながらシュウに頭を下げる。平姉弟に表情はない。相変わらず不気味な双子だった。シュウは顔をしかめながら後を追った。
そこは水門重工が運営するホテル「水」の中にある高そうな和食店だった。屋内だが個室からは日本庭園が望め、池には錦鯉が泳いでいる。
和室の真ん中でシュウと雨夜がテーブルを挟んで向き合っていた。源たちは隣の部屋に控えているらしい。
「なあ、雨夜。俺、正座苦手なんだけど」
「あぐらでも構いませんよ」
次々と料理が運ばれてくる。高級素材をふんだんに使っているのだろうが、満腹にはならなそうな料理だ。一つ一つの量は少なく品数が多い。
(ラーメンとか焼き肉の方がいいな)
シュウの表情に気が付いた雨夜が言った。
「たまにはいいでしょう、こういうのも。今日は私がお金を出しますので遠慮しないでください。あ、クチャクチャ音を立てないでくださいね」
「お、おう」
雨夜は色々細かい。シュウはチラッと雨夜を見た。もともと雨夜は表情を出さないクールな性格だが不機嫌そうだ。正直気まずい。この雰囲気を変えるためにシュウは口を開いた。
「なあ、俺はなんで呼ばれたんだ?」
雨夜はジトッとした目でシュウの顔を見ていた。
【参照】
ホテル水①→第二話 ソフィア誘拐事件
ホテル水②→第十四話 シャーロットの憂鬱
ファイブソウルズに狙われる→第九十九話 テロリスト
平姉弟→第百十二話 雨夜が来た




