第二百五十五話 ダメダメなキミが気になる腹黒少女
四時過ぎに部屋のインターホンが鳴った。昼寝をしていた南は寝ぼけたまま玄関を開ける。廊下にはクラス委員の朱雀華恋が立っていた。高等部の制服でもギフターの制服でもなく、お洒落に着飾っている。髪はアップスタイルだ。
「迎えに来たよ……って、ああもう、寝癖! 服装も! ちょっと入るね、お邪魔しまーす」
華恋は南の背中を押しながらリビングへ向かう。
「あれ! え! えー?」
部屋には何もなかった。いや、最低限の物はあるが、それだけだ。スマホの初期画面のような部屋だった。アプリは何もない、そんな感じだ。下着やシャツは脱ぎ捨てられている。「えー……」華恋は青くなった。
「ごめんね、南くん。私、嫌な予感しかしないのだけれど、クローゼット開けていい?」
返事を待たずに開ける。ワイシャツが五着、ズボンが三本ずつ掛けられている。これはいわゆる制服だった。私服と呼べるものではない。パジャマを兼ねていそうなシャツが五着、全て黒色。下段の衣装ケースには下着が入っている。(あ、トランクス派なんだ)これだけだった。
南はボーッとしている。
「南くん、ちょっとごめんね」
華恋はそう言うと南に顔を近づけてクンクンした。
「うん、匂わないね。洗濯はしているのかな。その服ヨレ過ぎだけれど……」
華恋は南の寝癖を撫でながら言う。
「ねえ、南くん。亜梨沙さん、服買ってくれないの? あ、そう言えばあの人もいつもスーツ着ているよね……意外と仕事以外ダメな人なのかなぁ」
目の前で南が大きな欠伸をした。相変わらず眠そうだ。病み上がりだとしても。
「顔色も悪いよねぇ、ちゃんとご飯食べているの? ……もしかして! ごめん、南くん。冷蔵庫開けるね!」
華恋はキッチンへ走ると冷蔵庫を開けた。「わー!」大声を出した。珍しく動揺している。
「南くん! これは?」
冷蔵庫の中には大量のゼリーとチョコレートが無造作に放り込まれていた。それ以外に食品は見当たらない。華恋の形の良い唇が震える。青い顔をして南の肩を揺すった。
「きみ、ゼリーとチョコしか食べていないの? 虫歯とか大丈夫? ちょっと口開けて! あーん! ほら、あーんして! 歯は……磨けているね」
優等生の華恋は心底分からないといった表情を浮かべた。
「亜梨沙さん、あのブラコンっぷりで、どうして弟のこういうところには気付かないんだろう。あ……そう言えば亜梨沙さんが食事している姿を見たことないかも! いつもコーヒーかエナジードリンクだよね。あ、あの人……家事できないのかもしれないね」
南は気怠そうに頭を掻くと、もそもそとギフターの制服を着始めた。その姿を見てホッと息を吐く。結局その服が一番マシかもしれない、華恋はそう思った。
(ねえ南くん、私は弟みたいなキミが気になって仕方ないよ。でも亜梨沙さんに嫌われたら協会で出世できないからね……)
南がいつものギフター姿になった。
(委員長とクラスメイト。今の距離感が私にとっても都合が良い……。はぁー、ラクルテルさんに腹黒いって言われても反論できないなぁ)
華恋は自虐的な笑みを浮かべた。
(いつもダメダメなキミが任務になると人が変わる……AA級に上がって何を思っているんだろう)
「……何?」
華恋の視線に気が付いた南が問う。
「ううん、じゃあ行こっか」
華恋は南の手を取ると部屋を出た。
【参照】
朱雀華恋①→第五十六話 異能訓練校の劣等生
朱雀華恋②→第六十一話 朱雀華恋
朱雀華恋③→第八十六話 刑事の来訪
朱雀華恋④→第百三十話 ソフィアの訓練
朱雀華恋⑤→第二百一話 フィオナの胸の高鳴り




