第二百五十話 神威の残党を狩れ
東銀の地下には広大な都市が広がっている。居住エリアはA区からZ区まで分かれており、場所によっては人の姿がなく薄暗い。
商業エリアからD区へ繋がる通路は特に暗い。脇道も多く土地勘がないと迷うこともあった。たまにホームレスが寝ていることもある、そんな場所だ。
その道を異人狩りのツクモが歩いていた。紫色の髪、黒いタンクトップから腕のタトゥーが見えている。ピアスやらリングやらチェーンやら、とにかくガチャガチャやかましいビジュアル系の男だ。
「兄ちゃん、酒持ってねぇ?」
二人の異人ホームレスがツクモの前に立ちはだかった。酔っ払っており目の焦点が合っていない。アル中だ。着古したジャージからはアンモニア臭が漂う。
「うるせぇ」
ツクモは答えた。
「なんだとぉ! 少しくらい恵んでくれてもいいんじゃないのぉ! こうやって、こうやってぇ!」
ホームレスがナイフを振り回し始めた。支離滅裂だ。正気ではない。ツクモはマナを込めた人差し指でナイフを叩き落とす。
「こんにゃろう! ……って、あれぇ?」
ホームレスの手から血が噴き出している。指がない。斬り落とされていた。
「ぎゃぁぁ」
手を押さえてのたうち回る。
「うわぁ!」
もう一人のホームレスは逃げ出した。ツクモが手を払う仕草をすると、逃げたホームレスの右耳が消し飛んだ。耳をつんざく悲鳴が響く。通路が血で染まっていく。ツクモは狂気をはらんだ笑みを浮かべ、足元にうずくまるホームレスの頭を蹴飛ばした。
「無能は犯罪だぜ、ゴミ野郎が。ひゃはは」
今度は腹を蹴り上げる。ホームレスはピクリとも動かなくなった。ツクモは再び歩き出した。脇道に逸れ階段を下りていく。広場があった。ベンチと自販機が見える。パチッパチッと音が聞こえる。自販機の光が点滅し、その周りを蛾が飛んでいた。
「地下で流血沙汰はやめてくれませんか、ツクモくん」
ベンチに男が座っている。反異人団体聖浄会の副理事長、橋本である。年齢は五十代半ば、尖った眼鏡を掛けており、神経質そうな顔をしている。鋭い目つきでツクモを見ていた。
「君は神威だけを狩っていればいいのです。勝手な行動は慎んでいただきたい」
橋本はクイッと眼鏡の位置を直す。そしてこう続けた。
「私はいつになったら良い報告が聞けるのでしょう。意外と大したことありませんね、君は」
ツクモから笑みが消えた。舌打ちをして目を逸らす。
「最近、公安とかママラガンとバトってな……忙しかったんだ」
橋本は溜息をついた。
「有象無象の異人など放っておきなさい。神威を狩れと言っているのです。我が国のゴミをね」
「はは、お国のためにその身を捧げた奴等をゴミ扱いかよ。異能実験かなんだか知らねぇが、他人の脳ミソをオモチャにしてよぉ……何人死んだんだよ」
「黙りなさい」
「神威の次は協会のギフターかぁ? あいつら自覚ねぇから不憫だぜ、どれだけの屍の上に立っていると思ってやがる。まあ、協会の闇は聖浄会の闇、つまりは政府の闇だ。墓まで持っていけよ、橋本さん」
「口を慎めぇ! ツクモォ!」
橋本が叫ぶ。ツクモは喋るのをやめた。カツンカツンと蛾が自販機にぶつかる音がこだまする。
「失礼、感情的になりました」
橋本は自販機でコーヒーを買いツクモに投げた。
「ツクモくん、君は神威計画の最高傑作です。エアロ系から派生したエアー系のエレメンター。私は異人が嫌いだが、君は別だ。最高傑作の君が神威の残党を狩る――美しい構図だ。私は君に期待している」
「分かってる、もう少し待ってくれ。雑魚を狩りながら確実に追い詰める。なんなら龍王も火龍も殺してやるよ」
橋本は満足げに頷いた。ツクモは手を振ると背を向けて歩き出した。「ああ、ツクモくん」その背中に声を掛ける。
「滝本ココナはどうなっていますか?」
「脅迫状を送ってそのままだけど? 最近は動画の配信止まっているし、もういいだろ」
「それは困ります、確実に殺してください」
「異人じゃねぇだろ、あいつは」
「母親……滝本心春から『何か』を聞いているかもしれません。それでは困るのですよ」
「……親子揃って死んだら騒ぎ出すヤツがいるんじゃねぇか?」
橋本は吹き出した。「ははっ!」手を叩いて哄笑する。
「なに言っているんですか! 母親は――『自殺』でしょう? くははは!」
ツクモは冷めた顔で橋本を一瞥すると、笑い声を聞きながら広場を後にした。
【参照】
異人狩りの脅迫状→第百四十三話 異人病
聖浄会の橋本①→第百五十一話 異人狩り
聖浄会の橋本②→第百五十二話 聖浄会の朝倉澪
公安とママラガンと戦闘→第二百九話 公安警察「烏蛇」
自殺した母親→第二百十三話 自殺しました




