第二十五話 エプロン姿のシャーロット
シュウは自室から出ると一階の店舗へ降りていった。眠い。髪はボサボサ、欠伸をしながら給湯室へ入った。するとキッチンの前に女優のような美人がいた。人懐っこい表情でシュウを見る。シュウは思わず目を見開いた。
「は? え、誰? ヘルパー? デリヘル? 呼んでねーけど……!」
リンに見られたら殺されそうだ。シュウは混乱しながら後ずさった。
「おはようございます、シュウさん。寝ぼけていらっしゃるんですか」
笑顔で挨拶するのはシャーロットだった。フワフワしたワンピースの上からエプロンを着けて料理をしている。休眠状態だったシュウの頭が一気に覚醒した。
「あ、そうか。昨日から来ていたんだっけ」
「ふふ。寝起きのシュウさん可愛いです!」
シャーロットはパスタを茹でながら笑顔を覗かせる。シュウは照れながら鼻の頭を掻いた。
(そっか、俺がシャーロットさんを呼んだんだった)
――シュウは一週間前の出来事を思い出す。氷川駅前でチャーハンを食べた後のことだ。
「シャーロットさん。俺の家に来ませんか?」
「え?」
突然のシュウの発言にシャーロットは鮮やかなグリーンの瞳を大きく見開いた。いつもの笑顔ではなく真顔である。
「い、いや! うちのプランに身辺警備があるんだ。そんでクライアント用の客室があるんですよ。そこに寝泊まりしてもらうと一日中守れると思って!」
シュウは動揺しているからか、早口でまくし立てる。シャーロットはその様子を見てにっこりと笑顔を見せた。
「まずは一週間とか半月とか。俺の見立てだとこの案件は長引かないと思っています。ああ、でも急な話ですから! 一度帰って考えてください」
シャーロットはそっとシュウの手を握り、目を見ながら言った。
「シュウさん。ふつつか者ですが、よろしくお願い申し上げます。私を守ってください」
シュウとシャーロットは頬を染めながら見詰め合っていた。数日後に会う約束をしてその場は別れたのだが……。
「問題はリンだな」
リンがシャーロットを受け入れるか分からない。シュウはどうやってリンを説得するか悩んだ。トボトボと商店街を歩いているとケーキ屋が目に入った。
「あ! ケーキ食わせて機嫌を取るか! あいつが好きなのはマンゴーのチーズケーキだったな。へっへっへ、妹思いの兄だぜ! 俺ってやつぁ」
シュウはルンルンしながら店へ入った。ケーキは高額だったが経費だと割り切った。足取り軽く家に着くと何故かチェンもその場にいた。リンは「お帰りなさい」と言うと、じっとシュウを見詰めてくる。何かを言いたげな顔をしていた。
(な……なんだ? リンは何を言いたいんだ? いや、言ってほしいんだ? えーと)
シュウはあることに気が付いた。リンがいつもの甚平を着ていない。何やら「ワンピースの短いバージョンの服」を着ている。
(……そう言えばシャーロットさんがリンとチェンと飯を食べたって言っていたな。これは……)
「兄さん。コーヒーでも飲みますか?」
リンは無表情のまま話しかけてくる。シュウはチェンの方へ視線を移した。するとチェンがアイコンタクトを送ってくる。わざとらしくリンの服を眺める仕草を見せる。シュウは確信した。
「おお、リン! 可愛いじゃないか、その服。彼女にしたいくらいだぜ!」
シュウの発言にリンは笑顔になった。(よし!)シュウは胸の中でガッツポーズを取った。
「ありがとうございます。シャーロットさんに選んでいただきました。彼女は良い人です」
「まあ、お前の方が可愛いけどな!」
「そ、そんな……私の方が好きだなんて」
世辞が妙なニュアンスで伝わってしまった。リンは真っ赤になって妄想を始める。
「ケーキ買ってきたから食おうぜ。チェンも食ってけよ」
「わ、私はコーヒー入れてきます」
シュウは給湯室に入ろうとするリンの背中に声を掛けた。
「ああ、そうだ! リン。シャーロットさんの案件受けようと思うんだ。それで上の部屋を貸そうと思うんだけど。一人では危ないから一日警護しようかと思う。良いよな?」
リンはくるりと振り向くと「わ、分かりました。大家さんと相談しましょう」と言い、給湯室へ姿を消したのだった。
――こうして無事にリンを説得してシャーロットは金蚊の敷居を跨いだのである。シュウは朝食を作るシャーロットの背中を眺めていた。
「料理できるんだね」
「はい、料理は女のたしなみですから」
シャーロットの言葉にシュウは赤面した。今までこのような女性は周りにいなかった。シュウはこれまで異性を意識したことがなかったが、彼女の何気ない仕草や佇まいに胸が高鳴る自分を感じていた――。
【参照】
一週間前→第二十一話 美少女と駅前でチャーハンを食う




