第二百四十九話 闇の部分も含めてあなたが好き
「別に戻らないなんて言っていませんよ。頭領の指示で有休を使っているだけです」
ソジュンは視線を逸らしながら呟いた。
「シンユーくんは前線から離れても雑務をこなしているわ。彼は早くレギュラーに戻りたいのよ。あなたからはそういう意欲を感じないの。一体どうしたの? 長期間離脱して腑抜けちゃった?」
もはや先輩の威厳はなく姉のそれだ。
「あなたは優しい性格をしているけれど、誰よりも才能があるわ。自分のマナをダークマナに変化させるなんて凡人には不可能なのよ?」
「ダークマナに耐性がある陰キャなだけですよ。一度DMDやって自殺未遂していますしね」
「鷹眼だってそう、あれは滅多に発現しない眼術よ?」
「たまたまでしょう」
「あなたは鷹の目で遠くの敵を捉えてダークマナの矢で討ち滅ぼす、一キロスナイパー。もっと自信を持ちなさいよ」
「買いかぶりすぎですよ。言いたいことはそれだけですか?」
ソジュンは顔を上げない。ルーの顔を見ない。完全に殻に閉じこもっている。ルーは立ち上がるとソジュンの横に正座した。
「ルーさん? ……って、うわ!」
顔を掴まれ強引に膝枕をされた。
「私の顔を見なさいよ」
自分を見下ろすルーの顔を間近で見る。
「龍尾はこのままだと龍王に負けるわ。龍王フェイロン……あの怪物に勝つイメージが湧かないの。リーシャはあれには勝てない。あの子は優しすぎる」
「五天龍がいるでしょう。災厄レベルの大幹部が」
「強すぎて彼等を束ねるリーダーがいない。統率力がない。龍王参謀の遠藤という男は侮れない。こっちが嫌がることを涼しい顔で仕掛けてくる……リーシャはまだ長としては幼い。異能の強さだけでは部下はついてこない。あの子が表に立たない理由はそれよ」
ルーはソジュンの前髪を優しく撫でる。
「抗争には資金が必要なの。DMD、あれは重要な資金源。知ってる? 最近ドラッグの売上が昨対を割っている。あなたがいないからよ」
「それは……」
「あなたはさっき、『ダークマナに耐性があるだけ』と言ったわ。でもね、龍尾でダークマナに耐性があるのはハオラン殿とあなただけよ。あなたはその素質を見込まれてハオラン殿に連れてこられた……当時まだ十五歳だったあなたを龍尾に引き入れたの」
ソジュンはルーから目を逸らせない。過去のトラウマが疼く。
「ソジュンくん、あなたは在日朝鮮人の家系ね。小さい頃から苦労してきた。差別されたでしょう、苛められたわよね、日本という国に絶望したこともあったはずよ。あなたの胸の奥にはあるのでしょう、濃く深い闇が。でも……あなたはダークマナの耐性を得た。それは才能なの。私は好きよ、闇の部分も含めてあなたのことが」
ポタと顔に落ちるものがあった。涙だ。ルーが泣いている。何故泣いているのか分からなかった。無自覚に積もった劣等感。ソジュンにはそれがある。見ないようにしてきただけだ。
「DMDを扱うにはダークマナの耐性が必要。分かる? あなたにしかできないのよ。お願い、あなたの才能を貸してちょうだい。龍王に勝つために……」
五天龍のハオランを現場に出すわけにはいかない。自分にしかできないことは分かっている。ソジュンは身体を起こした。頭はごちゃごちゃしたままだ。しかし、ルーの思いは受け取った。
「耐性があるって言ってもね、限界がありますよ。ダーカーじゃあるまいし」
「わ、分かっているわよ」
「正直、戦場は怖いんですよ、ファイブソウルズの土使いが強烈すぎて。でも龍尾には勝ってほしいと思っています。だから資金調達のためにドラッグ担当に戻りましょう。戦闘はまだ勘弁してください。先週退院したばかりなんですよ」
「ソジュンくん!」
ルーが抱き付いてきた。彼女は華奢だが武闘派なので怪力だ。
「ごほっごほっ……スパイダーとのパイプは生きています。久々にオスカルさんと連絡取りますよ。卸先だった難民倉庫のマキシムラインにも顔を出してみましょう。ダークマナ教にも会う必要がありますね」
ソジュンの顔に生気が戻った。もともと頭脳明晰な男だ。頭の中で資金繰りを考えている。ルーはそんなソジュンの顔を見て笑顔を覗かせた。
しかし同時に不安を抱える。罪悪感を覚える。ダークマナに耐性のある者は闇に落ちやすい。自分は背中を押してしまった。今のソジュンは危うい。だからハオランの警護を抜けて会いに来た。独りにしてはいけない――そう思って。
【参照】
難民倉庫のマキシムライン→第十三話 密航ブローカーの子供
オスカル→第二十三話 スパイダーのオスカル
DМDで自殺未遂→第三十六話 DMDの売人
火龍のリーシャ→第五十八話 龍の器
龍王参謀の遠藤①→第六十七話 特殊詐欺で稼ごう
龍王参謀の遠藤②→第七十八話 カラーズ
龍王フェイロン→第七十九話 龍王
鷹眼とダークマナの矢→第九十六話 鷹眼のソジュン
龍王参謀の遠藤③→第九十九話 テロリスト
龍王参謀の遠藤④→第百五十六話 見付かったのは腕だけなんだよね
ダーカー→ 第百六十四話 オオカミと歌う女




