第二百四十五話 電拳のシュウの前で殺せ
豪雨の音と雷鳴がやかましい。異人狩りは氷雨を取り囲み、徐々にその距離を縮めてくる。「おい、東! 顔は潰すなよ、萎えるから!」背後から低俗な掛け声が飛んでくる。
「へへ!」
東と呼ばれた金髪の男がナイフを持って突進してきた。速い。チャラい外見とは裏腹にマナ・コントロールは一定の技量に達している。
背後の一人も動いた。金属バットを振りかぶっている。バッドにはマナが込められている。コンクリートを砕く威力があるだろう。
氷雨は舞を舞うようにナイフを回避すると、東の背中を傘で叩く。パシッと小気味よい音が響く。振り下ろされたバッドを傘で受け流し、男の両腕をパシパシッと叩いた。男達はつんのめり前後のポジションを交換、振り返る。
「へぇ、これまで殺してきた異人の中では手応えあんじゃん」東は背中をさすりながら笑う。「足の骨、折っちまうかぁ?」バッドの男の表情も緩い。完全に目の前の少女を見下していた。
「そうですか、これまでの異人がさぞかし弱かったのでしょう」
氷雨は傘を向けるとこう唱えた。
「凍れ……氷結」
「あ? ……って、うお!」
東の背中が氷の結晶で覆われた、少し遅れてバッドの男の両腕が。氷の面積が広がっていく。男達はマナを展開し防ごうとするが、黒い光を放つ氷がそれを上回る。既に自分の意志で動くことは叶わない。
氷雨は優美な所作で傘を地面に突き刺した。
「凍てつけ……氷河」
凄まじい速度で地面が凍っていく。それは残りの異人狩りの足を捕らえた。瞬く間に凍り付き地面から足が離れない。その氷はゆっくりと広がり顔の辺りまで迫ってくる。
「ははっ、これがアイスキネシスか。超ウケる!」
東は顔の下まで氷の結晶で覆われ、後は死を待つのみだ。しかしその表情に恐怖は微塵もない。
「ギャラリーいないのが残念だぜ」「温めてよ、雪女さーん!」「人間シャーベット最高ぉ!」
他のメンバーも同様だ。軽い。軽薄な男達は死を前にしても軽かった。
「異人狩りの皆さん……どうして異人を殺すのですか?」
「あ?」
「あなた達も異人とお見受けしますが」
「殺すのに理由なんていんの? 異人狩りはただのゲームだぜ、死ぬまでの暇つぶしだろ! ツクモっちがそう言ってたし」
東は最期まで笑っていた。氷雨は目を閉じるとこう言った。
「死ぬまでの暇つぶし……同感です。セツカさまが予言する『ラグナロク』――終末の世界には異人も普通人も生き残っていませんから」
氷雨は傘を差してクルリと回した。そして唱える。
「降り注げ……氷雨」
遙か上空から無数の氷塊が落ちてくる。機関銃以上の威力を持った氷が男達を貫いた。頭蓋に穴が開きバシャッと血しぶきが舞う。身体から内臓が飛び出し骨が砕ける。捕らえていた氷の結晶が割れて屍は地に伏した。
誰一人生きていない。真っ赤な血が池をつくっていた。すると場違いに明るい声が聞こえた。
「やっほー、ひさりん。おつかれー」
愛が水たまりと死体を避けながら歩いてくる。
「愛さん。いつから?」
愛はにこにこ笑っている。足元の死体は気にならないようだった。
「最初から見てたー。氷の能力おもしろーい」
氷雨は目を伏せて言う。
「この異能は……本家の高原ではなく分家の黒川に発現することが多いのです。私は黒川に生まれたかった……呪われた血筋だとしても。黒川南さまが羨ましい……」
「ふーん」
「この方々は異人狩りと名乗りましたが……殺してよかったんでしょうか?」
「愛、わかんなーい。殺していい人とダメな人の区別がつかないもん。もう死んじゃってるんだし、明日には忘れちゃうよー」
愛は背中を向けると歩き出した。氷雨もその後を追う。異人狩りのことは既に頭になかった。少し歩いて愛が立ち止まった。満面の笑みで振り向く。
「あ、でも一つだけ覚えてる暗殺があるよ」
氷雨は首を傾げた。愛はぐいっと顔を近づける。
「異人の歌姫カリス――シャーロット=シンクレア。あの子のことは覚えてる」
頭上では激しく雷が鳴り、稲妻が走っている。愛は言った。
「珍しくセツカが条件を付けたから……『電拳のシュウの前で殺せ』って! うふふ!」
パッと稲光が弾け、どこかに雷が落ちた。少し遅れて雷鳴が轟く。愛は再び歩き出した。
「その時、ひさりんもいたじゃん。覚えてないのー?」
氷雨は大きい目をしばたたかせて一言呟いた。
「覚えていません」
【参照】
瀬川愛→第二十三話 スパイダー
シャーロットの暗殺→第四十四話 世界の終わり
異人狩りのツクモ①→第百五十一話 異人狩り
異人狩りのツクモ②→第百八十四話 ロウとニコル




