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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第十四章 赤目の支配者 ――ターニングポイント――
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第二百四十一話 不良神父とシスターの少女

 一台の軽ワゴンが三葉町の郊外を走っていた。舗装が甘い道をガタガタと音を立てて走って行く。車には東銀異人教会とペイントされていた。


 西には第一級河川が流れており、河川敷近辺の独特な場末感が漂っている。荒れ地や廃墟、不法投棄された家電が視界に入る。ホームレス村や難民キャンプが近い場所だ。


 中年の男が車のステアリングを握っている。神父の服を着ているが、ぼさぼさの茶髪とサングラス、口に咥えたタバコが男の持つバランス感をちぐはぐにしていた。不良神父の名を不破(ふわ)という。


 助手席にはシスターの服を着た金髪の少女が座っていた。


「不破さん、ナビではこの辺りですよ」


 カーナビを見ながら不破の肩を突っつく。


「分かっていますって! でもね、目的地に辿り着く前に案内が終わってしまうんですよ。クララさん、スマホのナビを見てください」


 フロントガラスには古いアパートが数軒見えるが、人気はなくひっそりとしていた。


「あ、そこの道を右に行くのではないでしょうか」


 クララは脇道を指差した。これまで上り坂だったが、右の道は下り坂になっている。


「うわ、(けい)じゃないと入れませんね、この道は! これ帰りにUターンできますかねえ」


 アスファルトはヒビ割れて雑草が顔を出していた。道が草で覆われている。錆びたフェンスには伸びきった蔦が絡み付いていた。良く言えば自然との共生、悪く言えば自治体の管理が行き届かない僻地だ。


「あ、シマヘビさんが日向ぼっこしています。飼いたい!」


 クララは目を輝かせて窓を開けた。


「いけません!」


 不破は顔を引きつらせて窓を閉めた。


 椿荘。目的のアパートは見付かったが駐車場がない。小道の先はカーブしたガードレールと雑草で塞がっている。不破はそこに車の頭を突っ込んだ。帰りはバックで道に出るしかない。不破は憂鬱そうに溜息をついた。バタンと音を立てドアを閉めるとアパートを見上げる。クララはタブレットを手に不破の横に立った。


「この辺りは異人狩りや異人テロ犯、魔物のダーカーがうろついていると言われていて治安が良くありません。しかも最近はストリートチルドレンが増えていて危ないんです。さっさと済ませますよ、クララさん、さっさとね」


 不破はタバコを足元に捨てて革靴で踏み潰した。口調は丁寧だが挙動は不良だった。クララは慣れた手つきで吸い殻を拾うと携帯灰皿へ入れた。


 不破とクララはアパートの階段を上っていく。三〇四号室。表札に名前はない。インターホンを押した。しばし待つ。すると玄関ドアが開いて少女が顔を出した。


「……はい」


 長い黒髪の少女だった。小顔の中にバランス良く目鼻口が収まっている。どこか影を感じさせる可憐な少女だ。形容するなら泡沫(うたかた)。黒いチュニックが少女の存在感を際立たせている。強面の不破は無理に笑顔を作って名刺を出した。


「東銀異人教会、結界術士の不破です、こちらは助手のクララ。よろしくお願いします」


 不破とクララは頭を下げる。少女は生気のない顔で名刺を眺めていた。良く言えば儚い美少女、悪く言えば……不破は頭の中で口を閉ざした。相手は顧客だ。報酬を貰うまでは失礼なことを考えない。


「依頼内容はマナ結界の生成ですね。えっと、お名前は……」


 不破はタブレットに目を落とした。その画面には依頼書が表示されている。不破が読み上げる前に少女が名乗った。


高原氷雨(たかはらひさめ)です」


「はいはい、高原氷雨さま。伺っておりますよ……ん、高原?」


 不破とクララは氷雨の顔をまじまじと見た。見覚えのある顔だった。メディアでよく見る少女に似ている。水門重工(みなとじゅうこう)の令嬢、高原雨夜(たかはらあまよ)。国民から「雨夜ちゃん」と親しまれている。目の前の少女は小学生の雨夜よりは年上だが確かに面影がある。クララが口を開いた。


「失礼ですが、雨夜ちゃんのご親戚の方ですか?」


「雨夜ちゃんは私の妹です」


 氷雨はそう答えた。

【参照】

雨夜の姉→第百十五話 雨夜の勘

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