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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第十三章 ダークマナの歌姫 ――ダーカー討伐編――
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第二百四十話 月明かりのファーストキス

 誰もいないはずの病室に人の気配を感じて南は目を開けた。月の光が差し込んでいる。カーテンが風に揺れていた。窓が開いているようだ。


 ベッドの横に銀髪の少女が佇んでいた。


「……フィオナ?」


「フェルディナンが窓の鍵を閉め忘れたみたい。大丈夫、亜梨沙が戻るまでには帰るわ。どうしてもあなたに会いたかったの」


 窓から入ってきたようだ。見える月の位置から病室はそれなりに高層階だと分かる。しかしフィオナには造作もないことらしい。


「副会長の権限で面会謝絶……やってくれるわね。皆あなたを心配しているわよ」


 フィオナは南の髪を撫でた。目にはうっすらと涙が浮かんでいる。その銀色の眼差しは優しい。


「何で泣いてるの?」


「相変わらず鈍いわね……無事な姿を見て安心しているんじゃない」


 そよそよと心地良い風が吹き込んでくる。「ひとつ聞いていい?」フィオナはベッドに腰掛けた。


「どうしてあの時、私の名前を呼んだのかしら」


――フィオナ 僕ごと貫け――


 フィオナは南の頬を撫でる。南の身体は熱かった。まだ熱があるようだ。


「本当に危なかったのよ、運が悪ければあなたを殺していた。緊張で手が震えたわ。でもあなたは私の名を呼んだ。アリスでもブリュンヒルトでもなく。どうして?」


 南は自分でもよく分からなかった。咄嗟に出た言葉だった。少し考えた後、口を開いた。


「一緒に死線を越えた数……命を預けた数が多かったから……習慣(なんとなく)だと思う」


 南とフィオナは初等部の頃から厳しい任務に参加していた。死にかけたこともある。無茶をする南をフィオナは支え続けてきた。彼の槍となって。


「あら、嬉しいことを言ってくれるじゃない。付き合って長いから――と要約(やく)していいのかしら」


 フィオナは「付き合って」を強調した。「……」南は熱で朦朧(もうろう)としながら首を縦に振った。


「あなたが無事で嬉しいのだけれど、それと同じくらい怒っているの。何故だか分かる?」


 フィオナは南の頬を軽くつねった。南は首を横に振った。


「あなたが死にかけた時、最後に呼んだ名前が亜梨沙だったからよ。やっぱりあなたシスコンなの?」


「違うよ」


 しばし無言で見詰め合う。「はぁ……」フィオナは溜息をついた。そして窓を閉めるとこう言った。


「私には夢があるの。あなたと結婚してアルザスの田舎町で暮らすのよ。涼しい所だからあなたも気に入るわ。子供は三人、あなたに似た可愛い男の子と女の子。大きな犬を飼いたいわ。その頃にはギフターを辞めて、騎士団の事務の仕事をしているの。一緒に歳を取って死んでいくのよ。平凡でいいの……でも、多分叶わないわ。私たちは二十歳になる前に死ぬかもしれないもの」


 フィオナは再びベッドに腰掛けた。


「キスをしましょう、南」


「え?」


 突然の申し出に南はフリーズした。フィオナは南の口元に触れた。


「私、思ったの……ダーカーの時も、フルゴラの時も。あなたは無茶するからいつ死ぬか分からない。私もそう……いつ死ぬか分からない。明日の任務で死ぬかもしれないわ。私は生きている間にファーストキスを体験したいの。だって女の子の憧れじゃない」


「でも……」


「理想はあなたからしてほしかったけれど、もう待てないわ。こんなチャンスはそうないもの。知ってる? この病室はマナ結界が張ってあるのよ、亜梨沙の千里眼でも視られないわ。ね……いいでしょう?」


 フィオナがフワッと覆い被さってくる。甘い香水の香りがする。抵抗しようにも高熱で身体が動かない。南は掠れた声で言った。


「フィオナ、ちょっと待……」


 月明かりが照らす病室で二人の影が重なった。南はそれ以上言葉を紡ぐことができなかった。大人しく身を委ねる。静かに時が流れていった。

【参照】

フルゴラの時→第四十六話 雷火のラン

こんなチャンスはない(過去の失敗)→第百九十八話 フィオナの誘惑

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