第二十四話 ブラコンの副会長
朝からゲリラ豪雨が降っている。バシャバシャと窓ガラスを叩く雨が鬱陶しい。地上四十五階建ての高層ビルから拝む景色は圧巻だが、水しぶきで何も見えなかった。
ここは経済の中心地、氷川SCにそびえ立つ特殊能力者協会の本部だ。高層に位置する副会長室で、一人の女性がパソコンに向かって作業をしていた。
「はぁ……雨は嫌だなぁ。南に会いたい……」
女性の名前を黒川亜梨沙と言う。協会の副会長だ。日本人らしい黒髪のミディアムボブである。きりっとした顔立ちでクールな印象だ。
「あー、この後は特殊能力者認定試験かぁ。ばっくれたいな、ばっくれちゃう? 南と遊びに行っちゃおうかしら!」
南は溺愛している弟だ。過剰なスキンシップは協会内でも有名であった。しばし頬が緩んでいた亜梨沙だが溜息をついて首を横に振る。
「駄目ねえ、わたし副会長だもの」
協会の業務は異人街の治安維持、異人の保護、仕事の斡旋、訓練校の運営、特殊能力者の認定など多岐にわたる。亜梨沙は二十代の若さでそれらを統括する立場にいる。サボタージュするわけにはいかない。
特殊能力者に登録されると様々な特権を得るため、普通人の偽物や替え玉受験が後を絶たない。審査員は異人なので、マナの動きを見れば一目瞭然なのだが、普通人にも分かる基準を設けることが重要であり、そのために検査機器がある。
異人が能力を使う時、脳波や電磁波に大きな変化が現れる。また、マナを使って生み出したエネルギーは可視化することが可能だ。能力の反動を逃がす排マナも計器で視認できる。協会を異人のみで運営すると公平ではないので、当然普通人も多数在籍しており、彼等にも理解できる明確な基準が必要なのである。
黒川亜梨沙は特殊能力者の上級資格「ギフター」の取得者だ。等級はAAA級である。この上にはS級、SS級、SSS級が存在する。
特殊能力者の資格は持たないが、実践レベルの異能を備えた異人をストレンジャーと呼ぶ。ストレンジャーの中にはギフター以上の異能を秘め、マナの扱いに長けた「怪物」が存在する。彼らは異人街の深層部で、それぞれの組織の長になっているのだ。
◆
「……もうダメ! 南を呼ぶわ~」
亜梨沙は大きく伸びをして叫んだ。すると扉がノックされる。
「失礼します」
部屋に入ってきたのは、金髪の男性である。くせ毛を後ろにさらっと流している爽やかな青年だ。彼の名前はフェルディナン=ルロワという。協会の事務局次長に任命されていた。
「お疲れ様、フェル。どうしたの?」
「異人街で犬型のダーカーの目撃情報が出ています」
ダーカーとは、ダークマナを纏った獣の総称である。生き物の死体にダークマナが憑依し、生者のマナを食らう化け物になるのだ。マナを食らうということは、相手を食い殺すことを意味する。生き物の死体ならその種類に関係なくダーカーとなり得るが、人型のダーカーは今のところ確認されていない。
「分かったわ。夜回りを増やしましょう。夜に強いギフターが良いわね」
亜梨沙とフェルディナンはソファーに移動し向かい合う。窓に目をやると相変わらずの大雨だ。気も滅入る。
「それと、カリスことシャーロット=シンクレアが氷川SCの高広屋で目撃されました」
「そう……あまり良い状況ではないわね。今どこにいるのかしら?」
「便利屋金蚊という店にいるみたいですね。先日、マラソン・エナジーのフィル=エリソン氏がSNSで宣伝して、今少し話題になっています」
「どんな店?」
「色々やっているようです。引越し、草刈り、家具移動、荷物運び……迷子のペット探し? 見張り、ストーカー撃退、浮気調査。夜逃げの手伝い? かなり多岐にわたります」
「ふーん。異人街でやってるなら、異人の店長なんでしょう?」
「そうですね。サイトにプロフィールありますよ。兄妹でやっているようです」
プロフィールのページにはシュウとリンの写真が掲載されている。金髪で不良のような顔立ちのシュウが無理に笑顔を作ってピースをしている。リンは可愛らしい顔をしているが、無表情で人形のように見える。正直、あまりクオリティが高いプロフィールページではなかった。
「ヤンキーあがりで気合いの入ったお兄ちゃんと、しっかり者だけどちょっと暗い妹って感じかしら? それにしても全然似てないわね、この子たち。協会員じゃないわよね?」
「協会員ではないですね。異能も不明。このお店もオープンして一年程なので情報が少ないのです。何故、カリスがここにいるのか……全くの謎です」
「この子のバックに暴力団とかいないでしょうね」
亜梨沙は不安に表情を曇らせる。「カリス」にスキャンダルがあってはならないからだ。
「監視しているのは誰かしら?」
フェルディナンは爽やかな笑顔で答える。
「南くんですよ」
それを聞いて亜梨沙の表情が明るくなった。
「あらー、やっぱり南は優秀ね! どう? あの子は訓練校でうまくやれてる?」
亜梨沙は両手を胸の前に組んで、目を輝かせている。
「すこぶる優秀です。能力のポテンシャルはA級並みでしょう。黒川の血を引いているだけあります。ただ……」
「どうしたの?」
「彼は圧倒的な異能を秘めていますから……その。優秀ではない異人に対して、それが態度に表われると言いますか。愛想がちょっと……悪いと言いますか……人見知りもしますし」
亜梨沙がじーっとフェルディナンを見ている。その横でフェルディナンは一生懸命オブラートに包みながら説明する。その態度に亜梨沙は眉をしかめて言った。
「え? 何? 南が暗いって言いたいの?」
「あ、いや! そういうわけではありません! 非常にクールなんですよね! クラスでも人気があるようですよ。ファンクラブもあるとか」
その言葉に亜梨沙の表情が一気に不機嫌になった。
「ちょっとやめてよ。解散よ、そんないかがわしいクラブは!」
「あの、副会長……? 南さんには引き続きカリスを監視させてよろしいですか?」
フェルディナンの発言に亜梨沙は天使の笑顔を浮かべた。
「勿論よー。あ、でも二人体制にしてね。東銀と一宮は危ない所もあるから」
「そうですね。ダーカーの他にも吸血鬼がうろついているという噂もありますから」
最近、立て続けに首元に傷がある変死体が発見されているのである。他に目立った外傷が無く、死因も不明であり、ニュースでは吸血鬼事件と揶揄しているのだ。
「まあ、色々と物騒ですが大丈夫ですよ。アルテミシア騎士団のフィオナさんが一緒です。彼女が南さんを守ってくれるでしょう」
「私、あの子嫌い。南にエロいことしそうだし。変更してちょうだい」
亜梨沙はフェルディナンの肩を揺さぶる。
「いや、騎士団との契約もありますから……」
どうやら墓穴を掘ったらしい。フェルディナンはやんわりと亜梨沙の手をかわし、席を立った。
「ちょっとフェル! どこ行くのよ! まだ話は……!」
亜梨沙が後ろで何かを言いかけたが、フェルディナンは流れるような動きで部屋を出た。
「副会長の弟好きには困りましたねぇ」
フェルディナンは溜息をつく。亜梨沙は優秀だが、弟のことになると自分を見失うのだ。しかし、今のヒステリックな姿からは想像もつかないが、彼女は【禁忌の魔女】の異名を持つギフターとして、異人街では名が知られている。
「さてと、試験の準備をしないと」
フェルディナンは腕時計を見てエレベーターへ向かった。




