第二百三十八話 終末の世界で生きていく
身体が動かない。右腕の感覚がない。頭が痛い。吐き気がする。熱あるかも。ニブルヘイムの反動に似てる。面倒くさい。ここはどこだろう。僕はまだ生きているのかな。
「う……」
目に入るのは白い天井。どうやら病室に寝かされているようだ。部屋が暗い。窓からは月が見える。今は夜か。何時だろう、何日だろう。どうでもいいけど、任務に戻らないと。早く僕を戦場に戻してよ。
「……?」
横を見ると姉さんがいた。ベッド脇のスツールに座って、じっと僕の顔を見ている。いつもの笑顔じゃない。無表情だ。真っ白な顔をして虚空を見詰めている。その眼差しに感情は見えない。姉さんは静かに呟いた。
「ねえ、南……いつも思うの。いつも私は安全な場所にいて、いつもあなたが戦って傷付いている。酷い姉よね。あなたは私を恨んでいるのかしら」
人には役割がある。別に恨んでいない。
「黒川家は呪われた血筋……歪んだ父と母に育てられて辛かったでしょう」
あの人たちを親と思ったことはない。
「私の異名は禁忌の魔女。この身に三つの禁忌を課せられている――この禁忌があなたを縛っている……苦しいわよね」
僕はそのために存在している。
「黒川家は高原家の闇を食らう一族。同じ巫女の家系なのに高原雨夜とは扱いが違う。彼女を羨むこともあるのかしら」
別にない。人には役割がある。彼女は光、僕は影でいい。
「水門重工の高原左京と葛葉は、あなたが戦場で死ぬのを待っている。冗談じゃないわ、こんな宿命は断ち切ってあげる」
本家に背負わされた死の宿命。あいつらは望んでいる。姉さんの禁忌を――神喰正宗が課した禁忌を犯すことを。
「神々と皇帝……そして巫女――千年前からの因縁。人の情念とはなんて強いのかしらね」
頭が疼く。記憶にノイズが入る。そう、僕は――。
「ふふ、私が生きている限り……あなたは大丈夫。魂が繋がっているから。終末の世界で……一緒に生きていくのよ、永遠にね」
姉さんが微かに笑った。その目は僕の目を見ていた。
「お姉ちゃんに任せて。私には壮大な計画があるの。それを達成するには……協会をもっと強大なものにする必要があるわ。何を犠牲にしても、何人死んでも」
「……」
僕は目を閉じた。まったくもって面倒くさい。どうでもいいんだ、こんな退屈な世界。だって、僕は――人じゃないんだから。
【参照】
高原雨夜→第五十話 水門重工
巫女の血を引く一族→第八十五話 蛇の民と瑪那人
亜梨沙の禁忌→第八十八話 禁忌の魔女
左京と葛葉→第百十二話 雨夜が来た




