第二百三十七話 南の言葉
ソフィアの唇が小刻みに震えている。相当ショックだったらしい。シュウは言葉を続けた。
「南はカラーズっていう異人組織を追っていて君の誘拐事件に出くわした。監禁場所からソフィアちゃんを救出したのはあいつだよ」
「せ、先輩はそんなこと一言も言っていません!」
ソフィアが取り乱す。今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「俺がソフィアちゃんを助けたのは嘘じゃない。俺はフィルに依頼されて監禁場所へ踏み込んだ。しかし部屋の中には君はいなかった。あったのは大量の血痕と死体だけ。その時、俺は一瞬だけどベランダにいる南を見た」
「……」
「俺とリンは警察が踏み込んでくる前にベランダから飛び降りた。すると目の前の草むらに君が寝かされていた。それがずっと謎だったけど、さっき君が言った。『南が俺に託した』と。それを聞いて確信した。あいつは君を協会で拘束するよりも、警察に引き渡すよりも、俺に預けることを選んだんだ、何故だろうな?」
「そんな……」
「その後は知っているよね。俺は君を保護した。途中でカラーズの青髪のオッサンをぶっ飛ばして、君をフィルに送り届けた。だから君を助けたのは俺と南ってことになるのかな。まったく、あいつは何も言っていないんだなぁ……」
ソフィアは南の言葉を思い出していた。
――君は――普通人の子供としてアメリカで暮らす方が良いと思う――
――でも君は違う。普通人だった頃がある。普通人の記憶があるはずだ。普通人として生きる未来があったはずだ――
――僕みたいには……ならない方がいいと思うけどね――
――僕は……選択肢を与えるために、君を電拳のシュウへ託したんだ――
シュウは笑う。
「ソフィアちゃんの言うとおり、あいつは一番肝心なところで助けてくれていたんだよ」
ソフィアの目には涙が浮かんでいる。
「……わたし、まだ先輩にお礼を言っていません。だって……いつもなにも話してくれない。今は……話したくても話せなくなってしまいました。意識が戻らないんです……死んでしまうかもしれない……まだありがとうって言えていないのに……」
リンはソフィアの気持ちが分かる。シュウが南に負けた後、病室で何日も意識が戻らなかった。とても後悔した。もっと気持ちを伝えておけば良かったと。
「大丈夫だって、あいつは俺の電拳や師匠の放電くらっても死ななかったんだ。殺しても死なねーよ。俺を信じろ!」
シュウはソフィアの頭を撫でた。ソフィアは顔を赤らめて頷いた。
「はい! シュウ様を信じます」
リンはソフィアを見ていて思った。(この子、何か性格が変わりましたね……)ソフィアは笑顔で頭を下げると店を出て行った。その背中を見送り、シュウはリンに問い掛けた。
「なあ、リン。お前ならソフィアちゃんのマナの異変に気が付いているよな」
「はい、先月よりも顕著になっています。とても……不吉な感じがします。今日も情緒不安定でしたし……何も起こらないといいですね」
リンが不安そうにシュウの顔を見上げた。
――ソフィアは送迎車に乗り込んだ。運転席にはBB級ギフターのニック、助手席には執事のクリス、ソフィアの隣にはメイドのミリアが座った。ミリアは異人で世話係兼護衛だ。
英国紳士のクリスが笑顔で言った。
「憧れのシュウ様と話せましたか? お嬢様」
「うん、やっぱり素敵だったわ! 自信に満ちあふれていて格好いい! ちょっと顔が可愛いのも推しポイントね」
ソフィアは顔を赤くしてキャーキャー言っている。しかし、ニックとミリアは気が付いていた。ソフィアのマナの変化に。「……」その表情は険しい。車は氷川SCに向かって走っていく。
その車を銀色の瞳が見ていた。シュウを監視していたフィオナである。フィオナは便利屋の店舗と送迎車を見比べて、静かにその場を離れた。銀色のボブが風に揺れていた。
【参照】
監禁場所に踏み込んだシュウ→第四話 血に染まった部屋
青髪のオッサン→第五話 電拳のシュウ
ソフィアを救出した南→第二十七話 黒川南とフィオナ=ラクルテル
師匠の放電でも死ななかった南→第四十六話 雷火のラン
意識が戻らなかったシュウ→第四十七話 ここにはいない彼女
クリスとミリアについて→第百二十六話 ソフィアの愛
南の言葉→第百二十八話 ソフィアの試験
ニックについて→第百二十九話 ソフィアの学校生活




