第二百三十五話 モブの気持ち
リンは姿勢を正して便利屋金蚊の受付に座っていた。客の姿は無い。適当にパソコンでネットサーフィンをしながら、夕飯の献立を考えていた。すると入り口のガラス戸が音を立てて開いた。シュウかと思い顔を上げると意外な人物に表情を曇らせた。
ソフィア=エリソンだった。ふわふわのブロンド、フランス人形のようなワンピース、生意気そうな顔。相変わらずだった。最後に会ったのはいつだろうか。ソフィアが異能訓練校に編入した頃だ。一ヶ月以上は優に経つだろうか。店の外には付き人の姿が見える。
ソフィアはキョロキョロと店内を見回しリンの顔を見た。(はぁ、毒舌お嬢さま……今日は何を言うのでしょうか)リンは身構えた。
「久しぶりですね、リンさん」
「え? ああ、はい」
リンは首を傾げた。いつもなら「モブ」呼ばわりしてくるのだが、今日は大人しい。別人のようだ。そのタイミングでシュウが買い出しから帰ってきた。
「あれ、ソフィアちゃん。表の外車は君のか」店内のソフィアに気が付く。「シュウ様、お久しぶりです」ソフィアはスカートの裾を持って礼をした。いつもの元気が無い。シュウはリンの顔を見た。リンが首を横に振る。(何故来たのか分からない)
「まあ、座れよ」
シュウはそう言うと給湯室の冷蔵庫に向かった。スーパーから買ってきた食材を入れると、ジュースを出した。それをグラスに注ぐ。三つ。ソフィアとリン、自分のだ。受付に戻ってカウンターにジュースを置いた。
「すいません、シュウ様。学校が忙しくて、なかなかこちらに来られなくて……」
「ああ、頑張っているんだって?」
シュウはソフィアのマナを視た。(やっぱりマナが)以前に視た時より更に濃くなっている。気にはなったが今のシュウには余裕がない。フィルが何かを言ってこない限り干渉は控えることにした。
「私はシュウ様と一緒になりたくて……そのためにはもっと強くなりたいと思っています」
「強くならなくても一緒にいられるじゃん」
「いえ、これは私自身の問題かもしれません。私が前へ進むために……ギフターになりたいのです。でも今の異能の成績だと難しいみたいです」
やはり元気が無い。協会本部、異能のエリートに囲まれて苦労しているのだろうか。
「リンさん、以前は失礼なことを言いました。あなたのことは……今もあまり好きではないのですが、謝罪します。ごめんなさい」
ソフィアはリンに頭を下げた。どうも調子が狂う。リンはつい仏心を出した。
「学校で何かあったのですか? ソフィアさん」
「今の私はモブの気持ちが分かるのです」
やはり失礼な娘だった。リンの顔がキッと険しくなる。一気にジュースを飲むと、つっけんどんに言った。
「じゃあ何しに来たんですか? 成績が悪いなら放課後にレッスンを受ければいいじゃないですか。黒川南さんに習っているんでしょう。才能の差を感じて逃げ出してきたんですか?」
ソフィアは視線を上げた。その大きな瞳には力がない。
【参照】
毒舌お嬢さま→第九話 二つの事実
ソフィアが訓練校に来た頃→第百二十五話 ソフィアの再会
南とソフィアの特訓→第百三十話 ソフィアの訓練




