第二百三十四話 無垢な乙女と天然ジゴロ
ブリュンヒルトは話題を変えた。
「ところで稲葉、君は女性にモテるよね。そんな君に意見を聞きたい」
「何だ?」
ブリュンヒルトは俯くとこう言った。
「君は処女をどう思う」
「はぁ?」
稲葉は言葉を迷っている。空気を読もうか、真実を告げようか逡巡しているように見えた。「本音で言ってほしい」ブリュンヒルトは言った。彼女にとっては切実な問題だった。稲葉は少し迷った後、誠実に答えた。
「正直面倒くさいな。『初めての人』とか意識されるのは重い。年齢にもよるが二十歳過ぎて処女だとちょっとな。あくまでも俺の価値観だ。処女が好きな男もいるだろう」
「だ、だよねー。君は早かったのかな? 初体験」
ブリュンヒルトは平静を装っていたが内心動揺していた。
「俺は十三歳、近所の姉さんと。俺の学年は女子も十五頃には経験していたんじゃねぇかな。ほら、思春期というか、焦りってあったし。誰が先に済ませるか競う雰囲気あったし。今の子はどうなんだろうな……あれ、お前何歳だっけ?」
「……十八歳」
稲葉は何かを言いかけたが止めた。ブリュンヒルトの顔が険しくなる。
「なによ?」
「い、いや……俺そろそろ仕事に戻るわ」
「もしアルテミシアの三乙女が処女だったらどう思う?」
直球だった。なりふり構わない雰囲気に、稲葉は笑顔のまま硬直した。
「お前等は『聖なる乙女』だ。ファン的には処女の方がいいんじゃねーの?」
精一杯気を遣ったつもりだった。
「乙女言うな!」
ブリュンヒルトがテーブルを叩いた。地雷を踏んだようだ。稲葉は顔が青くなる。自分から言い出しておいて理不尽だと思った。
「私って可愛いと思う?」
「あ?」
もう意味が分からなかった。乙女の暴走が止まらない。稲葉はブリュンヒルトの顔を見る。オレンジ色のカールがかかったロングヘア、気が強そうな緑色の瞳、メイクには気を遣っている。アニメに出てくる女騎士そのものだ。文句なしに可愛い方。稲葉は頷いた。
「ああ、ファンだって多いだろう。自信持てよ! じゃあまた」
しかし、ブリュンヒルトに会話を止める気配はない。その表情は必死だった。
「じゃあ、私が処女だったら……貰ってくれる?」
席を立った稲葉に追い打ちを掛ける。乙女が一線を越えてきた。稲葉は顔を引きつらせる。
「い、いや……それはちょっと……ごめんだけど、無理だね!」
「なんでよ!」
「お前、一途なタイプだろ。絶対恋愛重いし、毎日電話してきそうだし、独占欲が強いから飲み会の度に来そうだし、未成年のくせに飯だけ食いに。そういう女はちょっと……てか、俺は好きな人いるし」
面倒くさくなった稲葉は本音をぶちまけた。そして最後にこう付け加えた。
「お前は、年上よりは年下が合うって、黒川弟とかさ。あいつ寝込んでいるなら、どさくさで襲って付き合っちゃえよ。弟に彼女ができたら、あの人もまともになるかもしれねぇし……」
言い終わる前にバシャッと水を掛けられた。
「だから面会謝絶だよ! バカ稲葉! 死ね!」
ブリュンヒルトはプリプリ怒ってカフェから出て行った。「だから子供は嫌なんだ」貧乏くじを引いた稲葉は脱力して大きく溜息をついた。
【参照】
ブラコンのあの人→第二十四話 ブラコンの副会長
三乙女→第百五十九話 アルテミシアの三乙女
処女の悩み→第百九十九話 女騎士の本音トーク




