第二百三十二話 ブリュンヒルトと稲葉
ブリュンヒルトは協会内のカフェでランチをしていた。「よう、一人か?」声を掛けてくる茶髪の男がいた。冬岩へ出張していたA級ギフターの稲葉だ。手には定食が乗ったトレーを持っている。
「ダーカーを退治するなんてスゲーな。ネットや雑誌で取り上げられているぞ。協会と騎士団、ジャイの人気はうなぎ登りだぜ。こりゃ聖浄会が騒ぎ出すなぁ、死んだホームレスをネタに」
稲葉は可笑しそうに語る。チャラいが異人の友社の専属モデルを務めるイケメンだ。稲葉は武器生成型の異人で剣を使う。ブリュンヒルトとは剣士同士気が合った。
「アリス=レスタンクールはジャイで報告会だったな、羽生はどうした?」
「羽生は温泉旅行だ。夜勤明けに休日返上で事後処理をして昨日から代休。缶ビール片手に新幹線に乗っていったよ。ほぼ手ブラだった」
「無欲な男だ。今回の功績でA級に上がるチャンスだったろうに」
「羽生がいなければ死者が出ていたと思う。あれは無能を装った有能な男だ」
「知っている。奴の生き方まで否定するつもりはないね、真似できないが。ラクルテルはどうした?」
「フィオナは電拳のシュウを監視している。アドルガッサーベールの雷神が接触してくる可能性があるからな。四六時中ってわけではないが、一応任務のローテには組み込まれているんだ」
ブリュンヒルトは食事を終え紅茶を飲んでいる。その表情は冴えない。
「私は一頭しか狩れなかったよ」
ダーカーの討伐数のことだ。アリスが二頭、フィオナが二頭、内一頭は南と共闘、ブリュンヒルトが一頭、南が五頭、内一頭はフィオナと共闘。稲葉は報告書を読んで結果を知っていた。心中を察して茶化さないで聞いている。場の雰囲気を読む男だ。頷きながら定食を食べている。
「これまでエレメンターで最強なのはパイロ系か派生型のエクスプロージョン系だと考えていた。人を倒すには火と爆発が有効だ。しかし、今回の夜回りではその攻撃力が仇となった。火事を警戒して窮屈に戦わざるを得なかった」
稲葉は地形や天候に左右されない無属性が最強だと思っているが口には出さなかった。
「最強は……アイス系かもしれないな。氷なら二次災害を起こさない。アクア系ほど脆くはないし、形状も自由自在だ。一酸化炭素のような毒も出ない」
稲葉は味噌汁を啜りながら言う。
「アイス系はコスパが悪いぞ。熱を奪うのに大量のマナを使うし、反動で常に倦怠感が付きまとう。あいつがボーッとしている理由の一つだ」
「……」
「黒川弟……まだ目を覚まさないんだろう」
夜回り以降、黒川南には会っていない。亜梨沙が出張から戻り、面会謝絶になっていた。亜梨沙の怒りは相当なもので、当分会いに行けそうもない。
「あいつAA級に上がるんだってな。つい最近までBBB級だったってのに。まだ半年やそこらだろ? 異例のスピード出世だぜ」
「ああ」
ブリュンヒルトが頷く。どこか遠い目をしていた。
【参照】
異人の友社→第十二話 異人の友社の落合さん
アイス系→第四十五話 絶対零度
パイロ系→第六十二話 南の守護神
武器生成型の稲葉→第六十六話 ここに化け物がいる
電拳のシュウの監視→第七十六話 異能研
エクスプロージョン系→第百話 異人喫茶の日常
エレメンターの属性→第百二十二話 五大元素
聖浄会→第百五十二話 聖浄会の朝倉澪
冬岩に出張していた稲葉→第二百二話 亜梨沙と稲葉のすれ違い




