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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第十三章 ダークマナの歌姫 ――ダーカー討伐編――
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第二百三十話 僕ごと貫け

 ダーカーは首をもたげてココナを視た。獣の五感でココナが纏う光るマナを嗅ぎ取る。眼下の職員に興味をなくし、ココナに唸った。牙が鳴り毛が逆立つ。


「よせ!」


 羽生がマナの衝撃波を撃ち込んだ。しかしダーカーの周りに黒いマナ壁が生成され、それを弾く。届かない。襲撃から十秒程度の出来事。騎士団も西田も羽生も間合いの外にいた。滝本ココナが死ぬ――誰もが覚悟した。ダーカーが大口を開けココナに向かって飛びかかった。


 ココナの目にダーカーの牙と――黒川南の背中が映った。


「南くん!」


 南が右腕をダーカーの口に突っ込んだ。細い腕が呑み込まれ肩まで噛み砕かれる。血が飛び散る、しかし腕は食い千切れない。ダーカーはぶんぶんと頭を振り回す。しかし離れない、千切れない。


「ははっ」


 南は笑った。楽しくて仕方がない。退屈な日常に苦痛と鮮血を、そして狂気と死を。ココナは怯えた表情で少年の顔を見ていた。(もう……やめて)


「凍れ……氷結(ゲフリーレン)!」


 ダーカーの頭部が氷の結晶で覆われる。口中(うちがわ)で技を発動。これならマナ壁で弾かれない。内側は脆い。先刻、ダーカーがマナ壁を内側から破壊したように。「お返しだよ」南はぼそりと呟いた。


 ダーカーは苦しそうに暴れ回る。鼻と口が氷で塞がれ呼吸ができない。小屋を破壊しカマドを踏み潰す。ホームレスの内臓が空に舞う。地獄の様相。アリスがツーハンドソードを構えた。しかし躊躇する。ダーカーを殺すのは容易いが南を巻き込む。高速で動き回る魔獣に狙いを定められない。ほんの十数秒、遅いと言われるにはあまりに短い葛藤。南が叫んだ。


「フィオナぁ! 僕ごと貫けぇぇぇ!」


 フィオナが動いた。初動に迷いがない。レイピアに銀色のマナを極限まで集める。絞り、絞って、更に絞る。極限まで、限界まで――あらゆるものを貫けるように!


「貫け! 銀槍(スピア)!」


 細く眩いマナが剣先から一直線に放たれた。光速で黒いマナ壁を突き破り、そのままダーカーの脳髄を串刺しにした。パッと黒い液体が飛び散る。ダーカーは糸が切れたように動きを止め、ゆっくりと倒れた。


 フィオナがすぐに駆け寄る。一瞬遅れてアリスが、ブリュンヒルトが。南は腕を噛まれたまま仰向けに倒れた。


「南、氷を解いて腕を見せて……早く!」


 フィオナが早口で言う。乾いた音を立てオオカミの頭部を覆っていた氷が砕けた。スピアは南を逸れていた。腕を引き抜くと黒い体液が付着している。濃いダークマナに(まみ)れている。フィオナの顔が青くなった。


「傷口からダークマナが……ああ、どうしよう……南が死んじゃう。アリス、あなたの光のマナでなんとかならないかしら?」


「……残念ですが」


 アリスはゆっくりと首を横に振った。ダークマナに汚染された傷は通常の回復(ヒール)では効果がない。


 南はいつもの眠そうな表情に戻っていた。実際に眠かった。大量の出血、排マナで逃せなかった異能の反動、ダークマナ汚染。無言で空に浮かぶ月を見ていた。ココナ達が集まってきた。心配そうな様子で南を見詰めている。


「いやよ、いや……私を置いていかないで……あの時約束したじゃない……」


 フィオナが泣いている。


「僕が……ぬと……姉さんが……」


 南が呟いた。誰かが何かを叫んだ。でもどうでもよかった。段々と視界が暗くなる。冷たい風が頬を撫でた。


(……?)


 風に乗って歌声が聞こえる。南はゆっくりと目を開けた。

【参照】

フィオナのスピア→第六十六話 ここに化け物がいる

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