第二百二十七話 隠れ集落の惨劇
草むらの奥は拓けた土地だった。道の方からは全く見えないが、ホームレスの小屋が十軒は建っており、ちょっとした隠れ集落である。視認性の低さは襲撃を警戒してのことだろう。
南は集落に辿り着くと匂いを嗅いだ。臭う。血の臭いが漂っていた。後続組が追い付いてくる。ココナが声をあげた。
「こんな場所にホームレス村が……今まで気が付きませんでした!」
月が出ており真っ暗闇ではない。火が焚かれたカマドがその存在感を誇示している。畑、空き缶や家電、干された洗濯物が見えた。確かにこの村には人が生活している。
アリス達や羽生、ジャイの職員が驚いた表情で村を見渡している。想像以上に広い。しかし南だけは一点を見詰めていた。アリスが南に声を掛ける。
「南くん、急にどうしたのですか? ……あ」
吹き上がる冷気が南の黒髪を揺らしている。目を見開いてジッと闇を見据える。その顔からは幼さが消えていた。その豹変ぶりにアリスは困惑した。吐く息が白くなる。アリスは闇に目を懲らした。
――そこに青黒く光る生き物が蠢いていた。二メートルほどのオオカミだ。一頭ではない。クチャクチャと音を立てて一心不乱に何かを食べている。その口からズルリと長いものが落ちた。
「きゃああ!」
ココナが恐怖で叫び声を上げた。それは人間の腸だった。食い荒らされた死体は一つや二つではない。おそらくは小屋の主だ。村のホームレス達はオオカミの群れに食い殺されていた。
「ダーカーの群れです! 皆さん、目を閉じてください!」
アリスが叫び、ツーハンドソードを抜いた。その刃先が眩く光り始める。
「闇を照らせ! 聖光!」
光による牽制。強力な閃光が暗闇を照らした。信仰系の光のマナだ。闇の存在のダーカーが怯んで後退りした。しかし逃げない。唸りながら前方を睨んでいる。今にも飛びかかってきそうだ。
「羽生とジャイ職員はココナさんを守れ!」
ブリュンヒルトが檄を飛ばし、炎を纏うファルシオンを抜いた。その横でフィオナが銀色に輝くレイピアを抜く。どちらのマナも闇を照らす。光を帯びた剣筋がダーカーを翻弄した。
西田を含め、ジャイの異人職員は円陣を組みココナを守った。
「よっしゃぁ! かかってこいやぁ!」
西田の得意技は<硬気功>だ。攻撃力を向上させるが、特筆すべきは防御力である。オオカミに噛まれたくらいでは血も出ない。しかしそれは並みのオオカミだった場合だ。
「私の後ろから出ないでください!」
羽生はその円陣を守るように前へ立った。普段は心根の優しい中年だが、腕は確かだ。戦闘というものを熟知していた。呼吸を整えマナを練る。目にマナを集約して黒く光るダーカーの群れを見ていた。
【参照】
硬気功について①→第二十話 電拳と硬拳
硬気功について②→第九十二話 市街戦




