第二百二十一話 期限切れの弁当
そこはいわゆるホームレス村だった。ブルーテントが八つはある。公園の奥の林にこのような場所があることを初めて知った。手製のカマドがあり、火が焚かれている。時間は深夜だが、ここは明るくて暖かかった。
焚き火の周りに五人のホームレスがいて酒盛りしている。その中の一人が私の姿に気が付いた。
「お、あの子じゃないか。今も噂してたんだよ。青木さん、連れてきちゃったの」
「まあね、そこで酔っ払いに絡まれていたからさ。マナで吹き飛ばしてやったよ」
「青木さんのサイキネは痛いよなぁ、マナ壁突き破るもの!」
会話から察するに、ここは異人ホームレス村らしい。異人のホームレス率が高いことは知っていた。学生の時に参加したボランティアで知ったことだ。実際に目の当たりにするとは思わなかった。いや違う、私の夢は――なんだったっけ。
「ほら、お嬢ちゃん。ここに座って火に当たりなよ。弁当もあるよ、廃棄品だけどね」
青木さんが手招きしている。私は素直に折りたたみ椅子に座った。ボロい。私は太っていないが椅子が軋む。手渡された弁当を見る。賞味期限が過ぎたハンバーグ弁当だ。しかし不思議と腹が減った。この一年、空腹感はなく、何を食べても味を感じなかった。それなのに今は空腹を感じる。不思議だった。
「あの……おじさんのお弁当だよね。私なんかにくれちゃっていいの? だってホームレスなのに」
「困った時はお互い様さ! 子供が遠慮なんかしちゃいかん。ささ、皆で食べようや」
周りを見ると、皆が笑顔で食べて、酒を飲んでいた。ホームレスなのに。異人なのに。差別されて苦労してきたはずなのに。ここには人の温かさがあった。私はハンバーグを口に入れた。美味しい、味を感じる。美味しい、美味しい。無我夢中で食べた。
「よっぽど腹減ってたんだなぁ、お嬢ちゃん」
ホームレスから笑いが起こる。気が付いたら私は泣いていた。泣きながら食べていた。しかし何も聞かれなかった。青木さんや他の人たちは気付かない振りをして酒を飲んでいた。
「お嬢ちゃんさ、こんな話があるよ」
青木さんは色々話してくれた。ギャンブル依存症で家族をなくした人のこと、親友に騙されて自己破産をした人のこと、無理心中で生き残ってしまった人のこと、刑務所から出てきて居場所がない人のこと、宗教団体に拉致されて腎臓を抜かれた人のこと。
「あそこのテントの玄さんなんてアル中で余命宣告されても、まだ飲んでいるんだぞ。異人だから内臓が強いってさ、ははは! 今は二日酔いで寝ているよ!」
悲惨な人生のはずが、皆が明るい。底辺なのに明るい。私は呆気にとられていた。彼等の生き様は私の価値観の天井を破壊した。
「お嬢ちゃん、人生なんとでもなるよ。俺達が良い見本だろ!」
「なに言ってんだよ! 俺達は反面教師だろうが! ぎゃはは」
「死ぬこと以外、かすり傷だぁ! 笑え笑え! 開き直れ!」
焚き火が暖かかった。いや、それだけじゃない。人の温かさに触れた。久しぶりに。そんな気がした。
「実はね、ここにいる人たちは、きみのことを知っていたんだ」
青木さんが言った。
「え?」
「きみさ、滝本小春さんの娘さんだろう」
【参照】
異人ホームレスの玄→第百四十五話 ココナの涙
異人ホームレスの青木→第百五十七話 貧困ビジネス・ドラゴン荘




