第二百十三話 自殺しました
私には父親がいない。母と二人で生きてきた。母と二人、それが普通ではないと知ったのは小学校に入った頃だ。入学式、授業参観、運動会、他の子には父親がいる。自分には母親しかいない。
今時、母子家庭は珍しいことではないので苛められることはなかったが、あらゆるシーンで気を遣われた。
「お父さんいないの?」「あれ、お父さん来ないんだ」「あ、ごめん。色々あるよね」「ねえねえ、空気読みなよ!」「ほんと、サイッテー。可哀想じゃん」高学年に上がる頃には慣れた。
丁度その頃、学校では別の問題が起こっていた。異人と呼ばれる超能力者への差別が社会問題になっていた時だ。特殊能力者協会が設立される前のこと、異人を守る法律もない。クラスには異人児童が何人かいた。皆、苛められていた。教師は見て見ぬ振りをしていた。私は苛めに加担しなかった。
異人を怖いと思わなかったのは、母の影響が大きい。母は異人に対して友好的だった。子供の頃から支援団体のイベントに参加していた。物を浮かせたり、手が光ったり、力持ちだったり……それだけだ、普通人との違いは。そう思っていたし、今も思っている。
母は医療系の会社で働きながら、ボランティアで異人の支援をしていた。忙しい人だったが、私に愛情を注いでくれていた。当時、異人支援には賛否両論あった。どちらかと言うと否の方が多かった。近所から嫌がらせを受けることもあった。遠い親戚とは絶縁していた。
この頃は、ある精神疾患が問題となっていた。異人病だ。病名のとおり、異人が原因だという専門家がいた。異人差別が加速した。異人病は普通人も罹患する。悪化すると自殺、あるいは脳死に至る。特効薬はない。企業がこぞって薬の開発を始めた。噂では臨床試験で多数の死者が出たそうだが、ニュースにはなっていない。日本だけでなく世界に見られた傾向だった。
中学生の頃、一度だけ聞いたことがある。「お父さんってどんな人だったの?」母は答えた。「優しい人だったよ」ありきたりの回答。何の変哲もない言葉。それ以上聞かなかった。ただ、日頃の母の生き方で薄々と気付いていた。
――お父さんは異人だったんでしょう?
大学に行くつもりはなかった。高卒でいい。早く働いて家に金を入れたかった。母に感謝していた。一生懸命勉強し、ボランティアにも参加した。幼少期、愛情はあったがお金はなかった。裕福な生活ではなかった。日頃から異人の差別を目の当たりにしていた。自然と社会的弱者を支援する業界に興味を持った。
就活をしていた頃のことだ。インターネットの世界で革新的なことが起きた。異人の歌姫カリスの誕生だ。国籍や年齢は不詳だが、自分が異人であると公表していた。私はカリスがマイチューブに姿を現した、本当の初期から彼女の音楽を聴いていた。瞬く間に人気が出て遠い存在になってしまったが、彼女がまだまだ駆け出しの頃からのファンだった。彼女は私の人生に影響を与えた。
高校三年生の頃、内定をもらった。異人の就労をサポートする会社だ。異人業界ではそこそこの大手。既に協会が設立、特能法が施行されていて、異人ブームが沸き起こっていた頃だ。景気がよく、充実した福利厚生、給与も新卒にしては高い。応援してくれていた母を喜ばせられる。絶縁していた親戚を見返せる。私の人生はこれから始まる。たくさんの困っている人を救うんだ。
私は浮き足立っていた。母に内定の連絡をしようとスマートフォンを手にした時、一本の電話がかかってきた。知らない番号だ。数コール後、私は出た。
「……はい?」
「お忙しいところ恐れ入ります。滝本ココナさんでいらっしゃいますか?」
「……そうですけど」
「警察です。あなたのお母さん、滝本心春さんが自殺しました」
通話の声が遠くに聞こえる。母が死んだ。私を置いて。私はゆっくりとスマホを切った。やけに晴れた青空が胸中の虚無感とリンクしているように思えた。
【参照】
特殊能力者協会について→第二十四話 特殊能力者協会
異人の歌姫カリスについて→第三十一話 無価値な世界
滝本ココナについて→第百四十二話 夏目和彦




