第二百五話 スメラギと迷子の兄妹
日本一の異人街、東銀の最寄りは氷川駅である。数多のオフィスワーカーやインバウンドの観光客が訪れる巨大な駅だ。地上五階、地下五階であらゆるテナントが入っている。駅ビルは近隣の商業施設へ繋がっているし、地下からは地下都市へ行ける。つまり、駅から地上へ出ることなく、必要なものが揃うのだ。これは異常気象から市民を守るために構築された生活圏である。
氷川駅の東口と西口を繋ぐ連絡通路に沢山の人が溢れかえっていた。その通路には待ち合わせ場所として利用されるオブジェ、「トチノキ」があるのだが、その前に幼い兄妹がいた。辺りをきょろきょろと見ており、一見すると迷子だ。
十歳ほどの兄の腕に涙ぐんだ妹がしがみついている。兄の方も心細そうにしているが、健気に我慢している。声を掛ける通行人はいない。二十一世紀末の日本は他者に関心を示さないドライな国だ。しかし、今日この時は違った。
「まったく、みんな見て見ぬ振りかよ」
もじゃもじゃ頭、いわゆるカーリーヘアの若者が兄妹に声を掛けた。長身痩躯、シャツと短パンの出で立ちで、ヘラヘラと笑っている。兄妹は一瞬警戒したが、若者の笑顔を見てホッとしたような表情を浮かべた。
「オレはスメラギ! 君たちは?」
スメラギは屈んで兄妹と同じ目線に合わせる。
「僕は裕樹……妹は愛菜です」
「お! 日本人かー、オレもそうだよ! よっしゃ、同じ日本人同士、悩みを聞こうじゃないか。ぶっちゃけ迷子か? ん?」
そう言って兄妹の頭を撫でる。その言葉を聞いて妹の方はタガが外れたように泣き出した。スメラギはにっこり笑うとポケットから飴を出す。
「取り敢えずこれ舐めて説明してくれよ。な?」
兄妹は語り始めた。観光地で親とはぐれたという。スマートフォンの電池が切れており連絡ができないらしい。よくある話である。
「よし、オレは背と声がデカいのが取り柄なんだぜ!」
スメラギは両肩に兄妹を抱えると、スクッと立ち上がった。
「裕樹、愛菜。耳塞いどけ、オレ叫ぶから」
兄妹は顔を見合わせて耳を塞ぐ。スメラギは大きく息を吸うと思い切り叫んだ。
『裕樹くんと愛菜ちゃんのお父さん、お母さん、いませんかぁぁぁ! トチノキの前で待ってまぁぁすぅぅ!』
喉にマナを集約して声量を上げたデカい声。側にいた人は思わず尻餅をつき、コンコースにいた全ての通行人が立ち止まった。一瞬、時間が停止したように感じるほどだ。
「もじゃもじゃのお兄ちゃん……声デカすぎ。あはは」
妹が笑った。釣られて兄の方も笑う。通行人は迷惑そうな表情を浮かべ、舌打ちをし、うぜぇと呟き、散っていく。スメラギはそれらを涼しい顔で受け流していた。
「お! アレじゃん?」
親らしい男女が走ってくる。スメラギは兄妹を通路に下ろした。妹が駆け出す。
「お母さーん」
「愛菜! 裕樹!」
感動の再会が目の前で繰り広げられていた。父親らしい男がスメラギに頭を下げる。
「お父さん、異人街は危ないよ。誘拐でもされたらもう二度と会えないと思った方がいい。今日は運が良かったよ」
その言葉を聞いた父親は気まずそうな表情で頷いた。後ろで兄妹が笑顔で手を振っている。スメラギはヒラヒラと手を振って応えると、背中を向けて歩き出した。
「昔の日本はもうちょっと人情ってもんがあった気がするけどなぁ」
スメラギは溜息をついて呟いた。
【参照】
スメラギについて→第百六十五話 青髪のロウ




