第二百四話 東国のテロリスト
愚痴っていた亜梨沙が、急に真顔になる。
「……まずいわね」
静かに呟いた。先刻までの浮ついた雰囲気ではない。
「何がですか?」
稲葉は声をひそめた。稲葉とて馬鹿ではない。腕の立つギフターである。ただならぬ緊張感を読んだ。
「さっきから半径十キロ範囲を千里眼でサーチしていたのだけれど、ちょっとまずい奴を見付けたわ、しかも二人よ」
稲葉は亜梨沙の言葉に驚愕した。
(愚痴っていた裏で千里眼を発動させていたのか……全然気が付かなかった。これが魔眼の所以か)
<千里眼>とは五感では捉えられない遠方を視る眼術である。系統は精神感応系で、術者のレベルによって視える距離は変わってくるが、遠くを視るには多くのマナを消費する。この異能を持つ者は少ない。
「どんな奴等ですか?」
「多国籍異人組織カラーズの戦闘員、青髪のロウよ。フィオナが捕らえて中国へ強制送還したはずだけど、また密航してきたのね。あー、目的はなんだろう。協会への復讐? それとも電拳のシュウ? ソフィア? わっかんないなぁ。あら、難民っぽい女の子を連れているわ。子犬みたいに纏わり付いているわね」
「すぐに県警へ報告しないと! 緊急配備を!」
「もう遅いわ、東京行きの電車に乗っちゃった。行き先は不明だけど、多分……歌舞伎町か東銀ね。まあ、泳がせてみましょうか。県警に詰めている鳥居にも連絡しましょう」
亜梨沙は落ち着いている。その顔は笑っていた。どのような時でも亜梨沙は笑顔という鉄仮面を被っている。それは優秀な指揮官の素質である。
「稲葉くん、もう一人いるの……超ド級のヤバイ奴よ」
「……何者です?」
「国際テロ組織ママラガンの先兵、不死身のスメラギ……手配書で見たことあるわ」
何が面白いのか、亜梨沙は目を輝かせている。その様子に稲葉は寒気を感じた。亜梨沙の視線は稲葉を通り越して十キロ先を見据えている。どのような映像が視えているのか想像もできない。
「ママラガン……ギルハートを拠点とするテロ組織ですよね。不死身のスメラギって……まさか本当に不死身なんですか?」
「さあ? ただの異名だし分からないわ。でも不死者って存在するの。アルテミシア騎士団の聖女アルテミシアは中世から生きている女って噂よ。覚えておきなさい」
稲葉は神妙な表情で頷いた。
「ママラガンはまずいなぁー。先日、カラーズが柊会に斡旋したストレンジャーの中に奴等がいた可能性があるのよ……合流されたくないわよね。ファイブソウルズの件も片付いていないってのに」
亜梨沙の言葉を聞いて稲葉は思い出したように口を開いた。
「そう言えばアリスが巻き込まれたシンポジウムのテロ犯は異人革命戦線の釈放を求めていましたね。ファイブソウルズ、ママラガン、異人革命戦線……東国のテロ組織がどうして日本に集まっているんでしょうか」
亜梨沙は人差し指をクルクルと回して歌うように答える。
「どうして、は重要ではないわ。その中心にあるのが何なのか、それを見極める必要があるのよ、稲葉くん」
亜梨沙はスマホを片手に呟いた。
「公安の異人対策課『烏蛇』に報告しておくか。嫌だなぁ……あのデブ。私、あの低い声が嫌いなのよねー。ま、公安に恩を売っておくのも悪くはないと……ふふん♪」
嫌と言いながらも顔は笑っている。冷たい笑みを浮かべながら先の先、更にその先まで思考を巡らせているのだ。
彼女の人間性が「まとも」ではないことは分かっているが、必ず任務で成果を上げる。無能の良識人は組織には不要だ。亜梨沙は近い将来、会長になるかもしれない。
(色々と誤解を受けやすい方だが……俺が守りますよ、亜梨沙さん)
稲葉はそんな亜梨沙を認め、ついて行こうと決めていた。そして県警にいる鳥居に連絡をしたのである。
【参照】
フィオナと青髪のロウ→第二十七話 黒川南とフィオナ=ラクルテル
異人革命戦線→第四十九話 誓いの炎
異能研の鳥居→第七十六話 異能研
カラーズと柊会→第七十八話 カラーズ
烏蛇のデブ→第百一話 あの男
シンポジウムのテロ→第百六話 取引
青髪のロウと不死身のスメラギ→第百七十四話 渡り鳥と少女




