第二百二話 亜梨沙と稲葉のすれ違い
特殊能力者協会副会長の黒川亜梨沙とA級ギフターの稲葉晃司、異能研の鳥居杏は他の協会員と共に協会の東北支部へ来ていた。場所は東北一の異人街、冬岩だ。先日、旧市街の海岸で異人組織の抗争事件が起こり、県警と協会で合同捜査をしているのである。
海岸で多数のバラバラ死体が発見されたが、損傷が激しいうえに雨と海水にさらされており、身元の特定は困難を極めた。鳥居の思念読取を皮切りに、科捜研の科学捜査と警察データベースの照合で、エマというイギリス人が浮上したのが一週間前のことだ。
「はぁ、埼玉へ帰りたいわ……。ねえ、稲葉くん」
亜梨沙と稲葉は協会東北支部内のカフェにいた。高層階に位置し、冬岩の海を拝むことができる。窓際の席で二人は向き合ってアイスコーヒーを飲んでいた。稲葉は緊張した面持ちで亜梨沙の接待をしている。
「俺は副会長とならどこへでも行きます。そう、地球の裏側でも!」
稲葉は異人の友社と契約しているモデルでもある。ウェーブがかかった茶髪で長身、おまけに容姿端麗で異性にモテる。若干、遊び人気質だが、本命の前では緊張する男であった。
「地球の裏側かぁ……そう言えば協会も南米には進出できていないわねえ。稲葉くん、がんばろーねえ」
亜梨沙はテーブルに突っ伏してスマホを眺めている。その目元にはクマができていた。今回の事件は龍尾の五天龍が関与している可能性があり、睡眠時間を削って捜査しているのである。
「は、はい! 稲葉流剣術に磨きをかけて副会長をお守りします!」
「剣術かぁ……そう言えばエマって女も剣の使い手だったみたいね。イギリスで起こったテロに触発されてさ、その後は各国の紛争地を傭兵として渡り歩いて、日本の異人組織に入ったみたい。そーゆーパターンって多いわよねえ」
「え、えーと……そうなんですかね」
稲葉は顔を引きつらせた。亜梨沙にアピールしているつもりでも、すぐに仕事の話へ持って行かれてしまう。普段、自分が女友達にしていることを、逆にされていた。
(この人、仕事のことしか考えていないのか……そりゃ出世するわけだ)
稲葉は二十代半ば、亜梨沙は二十代前半である。しかし、稲葉は亜梨沙の容姿だけに惚れているのではなく、有能な仕事ぶりに惚れ込んでいた。
(俺がAA級に昇級したら振り向いてくれるだろうか? いやいや、この人AAA級だしな。S級に上がらないと駄目か)
その時、亜梨沙のスマホ画面が見えた。待ち受けは弟の南である。稲葉は更に顔を引きつらせた。
「あ、あの……副会長」
「んー?」
「小耳に挟んだのですが……えっと、副会長はブラザーコンプレックス……なんでしょうか」
亜梨沙の弟への屈折した愛情は協会内だけでなく他の組織にも轟いている。稲葉は若干オブラートに包んだ。
「……」
亜梨沙は稲葉の顔を見ると、疲弊した表情で口を開いた。
【参照】
異人の友社について→第十二話 落合さんと異人
稲葉について→第六十四話 フィオナと稲葉
稲葉流剣術→第六十六話 化け物
五天龍について→第百十九話 龍尾の五天龍
エマについて→第百三十五話 逆鱗のヤオ
冬岩の抗争①→第百三十八話 青龍の宣戦布告
冬岩の抗争②→第百六十三話 シュウとココナの朝




