第百九十八話 フィオナの誘惑
部屋を薄暗くして映画を観ていた。八十六インチの大画面である。南は隣に座ったフィオナを警戒していたが、次第に映画へ没頭していった。
「火の魔法……この規模だと排マナはどれくらいかな」
主人公が敵に魔法を放つシーンを観て、南は真剣な顔で呟いている。
「魔法って術者に反動がないのか……異能との違いはそこかもしれない」
どうやら映画を違う角度から楽しんでいるらしい。その姿は完全に無防備であった。
激しい戦闘のシーンが終わると、主人公とヒロインの恋愛要素が色濃く出てきた。家族向けのファンタジー映画だが、珍しくラブシーンがある。これには賛否両論あったが、映画ファンには比較的受け入れられていた。当然、これはフィオナの計画の内だ。
「……」
南は無言でそのシーンを観ている。フィオナは深呼吸をすると口を開いた。
「一つ確認していいかしら?」
「……?」
「あなたっていつも亜梨沙と一緒にいるけれど……シスコンなの?」
「違うよ」
フィオナは南のすぐ隣に座り直した。そして南の膝に手を置く。間接照明と映画の演出で官能的な空間になっていた。
「いくつか質問するわ。一つでもノーって答えたらやめるわね」
南は戸惑いながら首を縦に振った。居心地の悪さが態度に表われている。しかしフィオナはこのチャンスを逃がすつもりはなかった。
「あなた、女の子みたいな顔しているけれど、女に興味がないわけではないのよね?」
「……別に」
「私ってこれでもモテるのだけれど。……あなた、私のこと嫌いなわけではないのよね?」
「……別に」
南は否定も肯定もしないが、明確に「ノー」と言わないため、フィオナは追求を続けた。
「私たちはもう高等部なんだし……そろそろ先に進んでもいいと思うの」
フィオナはゆっくりと南を押し倒し、ふわっと覆い被さる。南は完全にフリーズしていた。
「シスコンではなく、女の子に興味があって、私のことは嫌いではない……私を拒否する理由は……ないんじゃないかしら」
南の頬に両手を添えて、じっとその瞳を見詰める。
「大丈夫、動画で勉強したの……私に任せてくれていいのよ」
「僕やっぱり帰……」
フィオナは逃げ出そうとする南をサイコキネシスで縛り付ける。強力な念力で身動きが取れない。そもそも騎士であるフィオナに腕力で勝ち目はなかった。フィオナが南の服のボタンに手を伸ばした時――。
――ヴーヴーヴー……!
突然、フィオナのスマートフォンが振動した。フィオナは息がかかる距離まで顔を近づけたが、その動きが止まる。一瞬スマホの方を見たがそれ以上は気にせず南の口元を撫でた。しかし、振動は鳴り止まない。場の雰囲気を台無しにしていた。
「電話出ないの?」
「……無視よ」
するとスマホの着信は止み、その直後にショートメッセージが届いた。フィオナのスマホがチカチカと点滅している。フィオナはスマホを横目で見る。だが、南を押し倒したまま退こうとはしない。
その時、ポーンとインターホンが鳴った。
「フィオナ……誰か来たよ」
フィオナは小さく舌打ちをすると身体を起こした。珍しく怒っている。切れ長の鋭い目でインターホンのモニターを睨んだ。
【参照】
排マナとは→ 第百六十話 ソフィアとヴィオラ




