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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第十一章 みぞれの城 ――フィオナ=ラクルテル編――
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第百九十七話 フィオナのシンパシー

 ボルシチは東欧の郷土料理だ。ビーツから抽出される赤いスープとトマト由来の酸味が有名だ。ビーツは甘く土臭いが、煮込んだ牛肉とその他野菜の旨味が溶け出し、添えるサワークリームが味のバランスを整える。


 南はフィオナとテーブルで向かい合い、ボルシチを食べていた。しかしフィオナは南の反応が気になるらしく食べていない。南はもくもくと食べている。表情に乏しいので何を考えているか分からない。


「美味しいかしら?」


 南は無言で頷く。フィオナはテーブルの下で小さくガッツポーズをとった。南との付き合いは長いが、このように二人きりで食事を摂る機会は多くない。任務中はそれどころではないし、プライベートは亜梨沙のガードが固すぎるのだ。


 フィオナにとって南は特別な存在だった。クライアントであると同時に一番身近にいる異性でもある。出会った時の第一印象は最悪だったが、あれから様々なことがあった。一線を越えると「契約違反」となるが、今日のフィオナは本気だった。


「あなたとの付き合いも長くなったわね……十年くらいかしら。初めて会ったのは協会が設立されて間もない頃よ、桜が満開だったわ」


 フィオナは意図的に「付き合い」を強調した。南は興味なさそうに相槌を打つ。ボルシチは美味しかったらしく全て平らげていた。腹が重いのか席を立たずフィオナの話を聞いている。


「会ったこともない男の子を迎えるために、一年以上準備していたわ。日本語を勉強したり、料理を覚えたり……不思議なものでね、会う前からあなたに気に入られようと努力していたの。私には……それしかなかったから。南は……私の過去を知っているわよね?」


 実の親を知らないこと、虐待されて里親を転々としていたこと、シュネーレーゲンブルクでの実験のこと、血にまみれた幼少時代であったこと――。フィオナの人生には何も無かった。当然、南はそのことを知っている。


「まあね」


「引くかしらね」


「別に引かないけど……僕も似たようなものだし」


 フィオナは南に対して心の奥底の暗いところでシンパシーを感じている。出会った頃の南はフィオナ以上に闇をこじらせていた。異能の名門である黒川家は水門重工(みなとじゅうこう)の高原家の分家だ。家の事情は複雑で闇の深さはフィオナに劣らない。今も歪んでいるが、これでもこの十年で変わっている。フィオナはそれを間近で見てきた数少ない理解者だった。


 フィオナと南は無言で見詰め合うかたちとなり、何となく艶っぽい空気が流れる。


「僕……そろそろ帰ろうかな」


 席を立とうとする南にフィオナが言う。


「マリー・ボッターのDVDあるわよ。新作だけど観ていかない?」


 その言葉に南が硬直する。マリー・ボッターは今大人気のファンタジー映画である。最近、新作が上映されたばかりだ。主人公とヒロインの恋愛要素があり、最新作では二人の恋の行方がテーマの一つとなっていた。


「フィオナってサイコメトリー使えたっけ?」


 南は数日前にその映画の情報を検索していた。何故、フィオナがそのことを知っているのか。ハッキングでなければサイコメトリーで残留思念を読まれたとしか思えなかった。


「何言っているの? 私の能力はあなたが一番知っているでしょう」


 真相は南のスマホの画面を後ろから覗いたから知っていただけだが、南は腑に落ちない表情を浮かべている。


「シフォンケーキを食べながら観ましょう。食器を洗うからソファーで待っていて」


 フィオナが甲斐甲斐しく食器を下げていく。南は一瞬玄関の方に身体を向けて逡巡したが、ケーキと映画のコンボにやられてソファーに腰を下ろす。それはまるで借りてきた猫のように見えた。

【参照】

水門重工について→第五十話 水門重工

高原家と黒川家→第五十四話 静かな問答

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