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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第十一章 みぞれの城 ――フィオナ=ラクルテル編――
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第百九十三話 カミーユ=バルテルミー

 フィオナがアルテミシア騎士団本部に来て一週間が経っていた。個室をあてがわれ、今時の若者の服も用意されている。雪が深いシュネーレーゲンブルクとは異なり、南仏は晴れの日が多く過ごしやすかった。


 今日もフィオナは窓から青い空を見上げていた。激しい虐待や異能の実験もなく平和な時間が過ぎていく。それがフィオナには落ち着かなかった。逆に追い詰められていくような錯覚を覚える。


「おはようございます、フィオナさん。今日も勉強を頑張りましょう」


 そう言って部屋に入ってきたのは世話役のカミーユ=バルテルミーである。人が良さそうな笑顔が似合う栗毛の好青年だ。ここに来てからフィオナは日本語の勉強をしている。どうやら自分の役割に関係するらしい。


 フィオナとカミーユはテーブルに着いた。フィオナは過去のトラウマで男性が苦手である。気を抜くと殺意を抱きそうな自分を必死に抑えている。しかし、目の前のカミーユからはクートーに匹敵するほどのマナを感じる。おそらく勝てない。


 カミーユはそんなフィオナの感情に気付いているのか不明だが、にこやかに教科書を開く。フィオナは大きな溜息をつくと部屋を見渡した。


 大聖堂を改修して造られた個室である。豪華な窓、洗練されたデザインのベッド、床は木目調で赤い絨毯が敷いてあった。この本部はとても広く、一般人に解放されている礼拝堂や回廊はクラシカルな様相だが、建物の奥はハイテクなコンピューターに管理された近代的な事務所である。


 勉強を始めて一時間ほど経った時、フィオナが口を開いた。


「私は……何故ここにいるのか分からないの」


 カミーユは笑顔で教科書を眺めている。


「これまでたくさん人を殺した……あなたのことも殺すかもしれないわ。だから早くここから追い出した方がいいと思うの。私は……悪魔の子供だから」


 フィオナは感情のない瞳でカミーユを見据える。


「誰を殺してほしいの? 私は人を殺すことしかできない、だから呼ばれたんでしょう。さっさと片付けるから、私を解放してくれないかしら……じゃないと……」


「あなたは悪魔の子供なんかじゃありません。そう、気高い銀色の槍です」


「え?」


「あなたに守ってほしい子供がいます。あなたより一つ年下の男の子です」


「この私が殺すんじゃなくて……守るの?」


「ええ、あなたはその子供と一緒に来年創立される日本の異能学校、初等部へ通ってもらいます。子供のあなたにしかできない任務です」


 フィオナは黙ってしまった。――誰かの命を奪うのではなく守る。考えたこともないことである。カミーユは教科書を閉じるとフィオナの顔を見た。


「あのクートーに手傷を負わせた……これは凄いことです。それができるのは、この騎士団の中で私の他に一人くらいしかいませんよ」


「……あなたも強いのね」


 フィオナの言葉を聞いてカミーユはくすりと笑う。


「あはは、こう見えても団長ですからね。でも私はクートーほど戦闘を好みません。そろそろ彼に団長の座を譲りたいと思っていますよ。私は事務の方が気楽ですねぇ」


 人が良さそうな優男が間延びした声で言った。こういう人間は開放的な性格に見えて、その実、本心を見せない。フィオナの苦手なタイプである。


「私……男の子は嫌いよ。殺しちゃうかもしれないわ」


「おやおや、そこは任務だと思って我慢してください。あなたは既に誉れ高きアルテミシア騎士団の一員なのですよ」


「私より年下じゃ学年が違うじゃない。それじゃ守れないわ」


「そうですね、あなたの方が一年早く入学することになります。クラスは違いますが、同じ校舎ですから、世話をしてあげてください。なに、異能学校の中は安全です、ご安心を。学校生活よりも、彼が任務に就く時に守ってほしいのですよ――彼の槍となって」


「はぁ……」


「彼と会うまで一年半ほどあります。それまでに日本語と日本の文化を勉強しましょう。来年の三月には日本の氷川SCという街に行ってもらいます。その時は私かクートーが同行しますので安心してくださいね」


 フィオナは銀色の髪を触りながら日本語の教科書に目を落とした。


 何か目的があって生きているわけではない。夢や希望など考えたこともない。記憶に刻まれているのは数多の暴力と圧倒的な憎悪、脳を麻痺させる血の香り、それらを覆い隠す純白の雪。


 あの時、クートーが雪の降る町で言っていた。


――自分が何のために生きるのか、それは今後の行動次第で見付かるだろう――

【参照】

異能学校について→第五十六話 異能訓練校

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