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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第二章 異人の歌姫 ――雷氷の邂逅編――
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第十九話 リン姉のライバル

 リンとチェンは東銀を歩いていた。


「リン姉ちゃん。どこに行くの? 僕、暇じゃないんだけど……」


 チェンにとってリンは姉のような存在だ。慕っていることもあり、何か思うことがあってもあまり強く言えない。リンはチェンをちらりと見ると一言言った。


「私は今日オフです。服を買いに行きたいのですが、男の人の意見が欲しいのです」


 リンの目的地は氷川市の百貨店、高広屋である。百貨店という業態は半世紀以上前から下火であったが、増える外国客や移民、難民の影響、つまりインバウンド需要が高まることにより、滅びることなく、不死鳥のように蘇っていた。


「チェン。私にワンピースは似合うと思いますか?」


「えぇ? どうだろう。いつも甚平のイメージしかないけど……」


 しどろもどろのチェンの答えにリンは無表情である。チェンにはリンが何を考えているのか分からない。


「そうですね、あの甚平が私の女子力を著しく下げていた……。だから兄さんはいつまでも私を妹扱いするのでしょう」


 リンのその発言に、勘の良いチェンは大体の事情を理解した。


(またシュウの兄貴が余計なことを言ったんだな。リン姉もさ、妹なんだから妹で良いじゃん、普通に)


 チェンはリンにばれないように溜息をついた。リンは大人しそうに見えて強情である。今日は一日付き合わされるかもしれない。五つの店を回って二時間ほど経過した時、後ろから声を掛けられた。


「あら、リンさん。こんにちは」


 二人が振り返ると、そこにはシャーロットが笑顔で立っていた。彼女はモノトーンの小花柄ワンピースをふわっと着込んでおり、軽やかに揺れる裾が大人の色香を漂わせている。


 東銀では見掛けないタイプの可憐な女子を目の前に、チェンは思わず見とれてしまった。チェンの視線に気が付いたシャーロットはにこっと笑い白い歯を見せる。


「私はシャーロットと申します。あなたはリンさんとはどういったご関係ですか?」


「僕はチェンっていいます。リンさんとシュウさんは取引先というか……兄弟というか……。仲良くしてもらっています」


 チェンはリンとシャーロットの顔を交互に見る。リンは事務的に紹介した。


「シャーロット様は便利屋金蚊のお客様です。昨日お会いしました」


「ああ、そうなんだ……へー」


 チェンは改めてシャーロットを眺める。


(ワンピースが似合う女性だな~。昨日店に行ったってことはシュウの兄貴も会ったのか。……ん? ワンピース? ああ、なるほど。この人がリン姉のライバルってことか)


 勘が鋭いチェンは現状をほぼ把握した。しかし、これは相手が悪すぎる。


 リンは文句なしに可愛い。便利屋金蚊の看板娘としての役目は十分に果たしている。ただ、その可愛さは「学生のクラスメート」のようなレベルである。殴られることを覚悟して表現するなら、まだまだ垢抜けていない。


 では、目の前にいるシャーロットはどうか。リンより年上の彼女は、まるで女優のような美しさがある。この完成度の女性は東銀には存在しない。


「リンさんとチェンさんは仲が良いのですね! チェンくん、私とも仲良くしてくださいね」


 シャーロットは前に屈んで、まだ子供のチェンと同じ目線にしてから笑顔で言った。


「あ、はい。それはもちろん」


 気のせいかもしれないが、良い香りがする。チェンはすっかり照れてしまった。


(美人で性格が良い。おまけに子供に優しい……これは勝てそうもないな)


 リンは相変わらず無表情である。シャーロットはチェンの頭を撫でた後、リンに視線を移した。


「リンさん。ワンピースをお探しですか?」


「え、はい……」


 変な沈黙。シャーロットに自分の感情を見透かされているようで気まずいのである。数秒の沈黙後、シャーロットが両手をパンッと合わせた。


「リンさんは外ハネボブでスタイリッシュですから、カジュアル寄りのコーデでバランスが取れると思いますよ」


 シャーロットはリンの横で服を探し始めた。


「あ、あの……」


 普段、冷静なリンがシャーロットの想定外の行動に焦る。


「それにリンさんは長くて奇麗な足をしていますから、それは見せた方が良いと思います。若いうちですよ! 私は自信ないので無理ですけどね。ワンピースよりチュニックはいかがですか? ちょっと透け感のあるチュールトップスも羽織っちゃいましょう!」


「え? あ……」


 シャーロットは次々と服を渡していく。面を食らったリンは思わず値札を見るが、予算内の価格であった。


「リン姉ちゃん。試着しなよ。僕たち待っているから」


「う、うん。分かりました。ま、待っていてください。先に帰らないでくださいね」


 シャーロットとチェンは笑顔でリンを見送った。試着室の前で待つこと五分――。カーテンを開けてリンが出てきた。まんざらでもなさそうな顔をしている。


「ど、どうでしょうか? ちょっと太もも見えすぎですか……?」


 シャーロットは満面の笑顔である。両手を胸の前で組んで、本当に嬉しそうに答えた。


「とっっても! お似合いですー! あーん、可愛い! 足キレイ!」


「うん、似合っているよ。今日、それ着て帰ったら? シュウの兄貴も驚くと思う」


「そ、そうします。シャーロットさん、このまま買えますか?」


 シャーロットは胸の前で小さくガッツポーズを取って笑顔で答えた。


「大丈夫ですよ! タグは切ってもらいましょう。 店員さーん! お願いしまーす!」


 リンとシャーロットは店員とレジに向かった。チェンは二人を見送ると、ほっと溜息をついた。長時間拘束されると思ったが、このまま昼食を食べて帰れそうだ。


 会計後、リンとシャーロットはチェンと合流してレストラン街へ向かった。


「……」


 その後ろ姿を黒服の少年が見ていた。少年は眠そうな顔でスマートフォンを手に取ると通話を始めた。

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