第百八十二話 また会いましょう
「この鍵なら……異能研も警察もサイコメトリーをしていないかもしれません」
サイコメトリーは一回ごとに十万円から百万円の経費が発生するため、使用する前に捜査会議で「どの遺留品を対象にするか」議論がなされる。つまり、むやみやたらにサイコメトリーを使えるわけではないので、重要度が低い遺留品は省かれる傾向にあった。
ピョートルは鍵を床に置くと、あぐらをかいた。万が一、危険な思念を読み込むと衝撃で意識を失う可能性がある。立ったままスキャンをするのは望ましくない。
「皆さんにもテレパスしますので座ってください」
<思念転写>とは残留思念を直接他人の脳に送信する異能である。テレパシストのレベルが高ければ、送る相手が精神感応系でなくても作用する。しかし、脳の負担が大きいため多用はできない。
ロウ達はピョートルを囲むように座る。ピョートルは深く深呼吸をすると鍵に手を触れ、サイコメトリーを発動させた。
――薄暗い部屋の中で金髪の少女が縛られている。
「……ビンゴです」
ピョートルは細く微笑んだ。
「おい、早く俺達にも映像を送れ」
「分かりました。頭痛や目眩がしたら接続を切りますので言ってください。あ、ニコルさんには負担が大きいと思うので送りません。我々が意識を失ったら起こしてください。では……」
<テレパス>
ピョートルはロウ、エルケと意識を繋ぐ。そしてサイコメトリーを続行した。
――音声はない。映像だけだ。ノイズは入っているが比較的劣化が少ない。俯瞰的な視点で残留思念が再生される。
縛られているソフィアにディアンがナイフを見せた。メイがスマートフォンでその様子を撮影し、ミラが後ろで傍観している。ソフィアは力なくうなだれており表情が視えない。
何やら会話し、時折暴行を加える。フィルへの脅迫に使う動画を撮影しているようだ。スナッフムービーを彷彿とさせる映像が、ただ冷淡に淡々と再生されていく。
しかし、単調だった状況が一変した。うなだれていたソフィアが急に禍々しいマナを放つ。部屋が振動したその時、ディアンが真っ赤な鮮血を吹き出し消し飛んだ。
ふらりとソフィアが立ち上がる。冷たい笑みを浮かべながら、マナを放ってメイとミラを吹き飛ばした。血が天井や壁、床を汚し、肉塊と化した死体が散乱する。窓ガラスが割れ、暴風が吹き荒れた。
「やめてぇ!」
エルケが悲鳴をあげた。
「……っ!」
ピョートルは接続を切りサイコメトリーを中断した。エルケはそのまま意識を失い、力なくうなだれる。床に倒れ込む前にロウがその身体を支えた。ピョートルが額に手を当てて険しい表情をしている。重苦しい沈黙が流れた。
「何てことだ……ソフィア=エリソンは念動力系ではなく、憑依系の能力者です」
ピョートルは青い顔をして呟いた。
「ただのサイキネじゃねぇのか?」
「精霊を憑依させるタイプではなく、ニコルさんのように動物に憑依するタイプでもない。ソフィアには……人間の霊が憑依している、憑依系の中でも特に珍しいタイプです。霊を降ろした瞬間、爆発的にマナが増えました」
「面倒くせぇな。エルケが暴走しねぇように見張っておかねぇと……ごほっ。ちっ、電拳の野郎が犯人じゃなかったってことか」
ロウは腕の中で意識を失っているエルケを眺めた。普段は悪ぶっているが、人一倍仲間思いで脆いところがあるのだ。起きたら仇を取ると言い出しかねない。
(それにしても、ソフィアが纏ったマナ……どこかで視たような気がします……いや、でもどこで……?)
ピョートルは顎に手を添えて何かを考えていたが、再びニコルが袖を引っ張った。
「なんですか、ニコルさん」
「……続きは? 残留思念に続きはありませんか? あたしにも送ってください」
「あ、ああ……」
ニコルはピョートルの顔を見詰める。ロウは軽く頷いた。
「いいでしょう、それではいきます」
部屋の隅にエルケを寝かせて、サイコメトリーを再開した。
――視点が変わっていた。俯瞰ではなく、視界には血に染まった部屋と玄関が映っている。足元には無惨な死体が転がっていた。これはソフィアの視点である。
視線が足元の死体から前方に移り、ゆっくりと玄関が開いた。突然の来訪者にソフィアの身体が強張った。
黒いマントを纏った少年が入ってきた。――とても美しい少年だった。
いや、少女かもしれない。中性的な容姿である。肌が雪のように白い。髪はさらっとした抜け感のある灰色である。
印象的なのは瞳の色であった。赤い瞳だ。血のように赤い瞳がソフィアを見ていた。透明感のある笑みを浮かべ何かを話している。……ふと少年の視線が「自分」の視線と交差した気がした。
次の瞬間、ザザッとノイズを伴い音声が入った。
『また会いましょう』
赤目の少年がゆらりと手をかざすと、視界は真っ白になり、映像は終わりを迎えた――。
【参照】
ソフィアの拉致→第八話 ソフィア=エリソン
また会いましょう→第十話 来訪者
精霊を使う憑依系の異人→第九十一話 刺客
テレパスについて→第百八話 魔女の千里眼
念動力系について→第百二十九話 ソフィアの学校生活




