第百七十七話 あの日あの場所で何が起こったのか
エルケが運転する軽自動車が東銀を南下していく。途中で便利屋金蚊の付近を通ったが、ロウは黙って車に揺られていた。心情的には今すぐにでも電拳のシュウに借りを返したいところだが、ピョートルに止められているのだ。
助手席にはピョートル、後部座席にはロウとニコルが乗っている。ニコルは物珍しそうに東銀の街並みを眺めていた。
ピョートルはこれまでの経緯を説明していた。ロウは不機嫌そうに聞いている。
「電拳のシュウは、水門重工の令嬢、八歳龍女と行動を共にしています。これは非常に都合が悪い……カラーズにとってはね」
「……龍尾とのパイプのことか」
「そうですね。理由は不明ですが、龍尾は水門重工と争うことを望んでいない。これでは電拳に手出しできません。我々は龍尾と取引をしたいんですから、水門の姫と揉めるわけにはいかないですねぇ」
それに……とピョートルは言葉を続ける。
「電拳のバックには雷火の女帝がいる。彼女は伝説の傭兵部隊アドルガッサーベールの創始者の一人。絶対敵にしてはいけないですね。十大異人の序列で上位に食い込む強者です」
「奴には水門と雷火の後ろ盾があるってことか。めんどくせぇな」
ピョートルは頷いた。
「龍尾頭領、火龍のリーシャは誘拐や殺人などの過激な行動を好まない。それを知らなかった我々はソフィア誘拐で失敗してしまいました。まあ、現在ソフィアは協会の訓練校で元気に暮らしています。不幸中の幸いですよ」
車は東銀の商店街を抜けて田舎道に入っていく。ニコルは車窓の風景に飽きたのか、ロウの肩にもたれかかってきた。若干、眠いようである。
エルケは車を用水路脇の小道に止めると窓を開けてタバコに火を点けた。ヤニ切れである。
「今、龍尾と龍王がバチバチと抗争してんだよ。アタシらは東国から柊会経由で龍尾にストレンジャーを斡旋したんだけど、龍王の襲撃に遭っておじゃんになった。で、今に至るってわけよ。ロウ兄」
「この抗争はチャンスですね。カラーズは龍尾へ武器や麻薬、人員を流す。龍尾に取り入ればカラーズの東銀進出も叶うでしょう。ロウ、我々カラーズの目的……覚えていますね?」
ピョートルはロウの方へ振り返る。ロウは不満げな表情だが特に反論はしなかった。
「ちっ、仕方ねぇ。今は東銀への進出と龍尾との関係修復にリソースを割くか」
シュウへの復讐に燃えていたロウだが、ピョートルの説得に折れた。私怨よりも組織の発展を選んだのには理由があった。
「んじゃ、行くよー」
エルケはタバコを口に咥えると、車のエンジンをかけた。ガタガタと鈍い音を立て車が発進する。
「そうだ、ロウ兄。今ね、抗争以外にも面倒なことが起こってんのよ。うちのメンバーも何人か被害に遭ってんだよなぁ」
「あ? 何だよ、そりゃ」
「異人狩りだよ、異人狩り! あいつらマジでうぜぇ」
エルケは心底うんざりした表情でぼやいた。助手席のピョートルが説明を付け加える。
「異人を狩る異人のチームすよ。ツクモっていう紫髪の若者がリーダーなんですが、こいつがまあ……希に見るクズ野郎でね。龍王や龍尾、他の異人組織のメンバーもやられているって噂すねぇ」
「どこの世界も変わんねぇな。クズで成り立ってやがる」
ロウは窓の外を見た。汚い用水路と茂った雑草、捨てられた家電や粗大ゴミ。見覚えのある風景である。今日の目的地が近かった。
遠くに老朽化した建物が見えている。そこは半年前、誘拐したソフィアを監禁したアパートであり、メイ、ディアン、ミラが消息を絶った場所でもある。あの日、あの場所で何が起こったのか、ロウ達は何も知らないのだ。
(あれから随分と時間が経ったような気がするな)
ロウはどこか遠い目でフロントガラスに映るアパートを見ていた。ふと視線を落とすと、ニコルが膝の上でスヤスヤと寝息を立てていた。
【参照】
シュウへの借り→第五話 電拳のシュウ
消息を絶ったメイ達→第八話 ソフィア=エリソン
アドルガッサーベールについて→第十二話 それゆけ落合さん!
フルゴラについて→第十八話 ラン
水門重工について→第五十話 水門重工
ドラゴンメイデン、雨夜について→第五十五話 高原雨夜
リーシャについて→第五十八話 龍の器
柊会について→第七十八話 カラーズ
龍王の襲撃→ 第七十九話 龍王
ソフィアについて→第百二十八話 ソフィアの試験
異人狩りについて→第百五十一話 異人狩り




