第百七十六話 カラーズ集合
氷川駅は観光客とオフィスワーカーで溢れかえっていた。駅ナカにはお洒落なカフェや惣菜屋、雑貨屋が入っており、ニコルの関心を引いた。尻尾があったらパタパタと振っていることだろう。
「おい、はしゃぎ回るな! こっちだ」
ロウは腰にひっついてくるニコルをいなしながら、地下のコンコースへ向かった。氷川駅は地下都市へ通じている。異常気象が原因で居住空間は地下へ移りつつあるのだ。
地下の商店街がどこまでも続いている。このまま進むと地下住宅街へさしかかるが、ロウは脇道に逸れた。その先には自販機とベンチが置かれたスペースがある。
自販機の前に二つの人影があった。
「元気そうだな、ピョートル」
「久しぶりですね、青髪のロウ。君は相変わらず辛気くさそうな顔していますねぇ」
そう答えたのはカラーズのリーダー、ピョートルである。金髪で垂れ目の男だ。東欧系の移民で、ロウとの付き合いは長い。いわゆる腐れ縁だ。
「お前は相変わらずだな、エルケ」
ロウはピョートルの隣にいる赤毛のボブヘアの女に声を掛けた。タバコを吹かして不機嫌そうな顔をしている女は名をエルケという。オランダのスラムで生まれた後、収容所に入れられた過去を持ち屈折している。
「おいおい、マジでガキ連れてんじゃんよ。奴隷商人から買ってきたんじゃねぇだろうな、ロウ兄」
エルケはそう言うとニコルを睨んだ。ニコルはロウの背後に隠れて様子を見ている。
「密航中に色々あってな。こいつの異能は使える。ピョートル、構わねぇな?」
「まあ、カラーズは来る者は拒まずですから、構いやしませんがねぇ。子供の面倒は誰がみるんですか。女の子だからエルケ、君に頼んでいいすかね」
ピョートルに話を振られたエルケは露骨に嫌な反応を示した。
「はぁ? 冗談じゃねぇよ、アタシはガキが嫌いなんだ!」
ロウは二人の顔を見回す。
「……ライザはどうした? 姿が見えねぇな」
「あの痴女? あいつぁ抜けたよ。龍王傘下の荒川アウトサイダーズってチームにいるってさ。マァジ使えねぇ、尻軽女」
エルケはペッとつばを吐き、乱暴にタバコを投げ捨てた。
「あたしはニコルです……ロウと一緒が良い」
ニコルはおずおずと自己紹介をした。エルケは大きいリアクションで笑う。
「あはは! どうやって手なずけたんだよ、子供嫌いのあんたが! あの青髪のロウが! もしディアンが聞いたら悲しくて涙が出ちまうだろうよ。電拳にのされて丸くなっちまったのかい?」
エルケの言葉にロウの視線が鋭くなった。
「ディアンのことは言うな。殺されてぇのか、エルケ……ごほっ」
「は! やってみろよ、アクア系の技が錆びていねぇか試してやんよ」
エルケが銃を取り出すと、ニコルが二人の間に立ち塞がった。
「ロウは喉を痛めていますよ、本調子ではありません。休ませてあげてください」
ニコルは怯えながらも、エルケの顔を見て言った。ピョートルは意外そうな表情を浮かべながら、ニコルに同調する。
「ニコルさんの言うとおりですね。仲間割れしてどうするんすか」
ピョートルが仲裁に入ると、エルケは銃をしまった。まだ何かを言いたげだが、大人しく引き下がる。
「ニコルさん、よく来てくれましたね。カラーズは君を歓迎しますよ。ああ、こいつは昔からよく無茶をするんで、面倒をみてやってください」
「おい! お前何言って……」
ロウが反論しようとした時、ニコルが笑顔で答えた。
「はい!」
「おい、ニコル! お前、おねしょするくせに偉そうにすんな!」
「さ、話はここまですね」
ピョートルはロウを制止する。
「ロウ、君が中国にいる間、東銀では色々ありました。約半年前、君とメイ達が来た頃とは大分状況が違っています。今となっては君の仇敵、電拳のシュウに手を出すことはできなくなったすね」
「なんだと!」
エルケが会話に入った。
「メイやディアン、ミラの行方は未だに分からねぇし、この前の柊会との取引は邪魔が入って失敗しちまった。マジで余裕ねぇんだ、ロウ兄」
「俺がいない間に何があったんだ? ……ごほっ」
ロウが咳き込むと、すかさずニコルがのど飴を手渡した。ロウは不機嫌そうにしながらも飴を口に放り込む。その様子を見てピョートルとエルケは驚いた表情を見せる。
「……」
青髪のロウは残忍な性格で金のためなら子供も殺す、その評判はあながち間違っていない。そのはずだったのだが……。
「ロウ、よく帰ってきてくれましたね。さて、地上に上がりますよ。続きは車で話しましょう」
ピョートルはそう言うと、先頭に立って歩き出した。幼馴染みの変化に戸惑いながら。
【参照】
メイについて→第三話 スーツケースの中
電拳のシュウとの因縁→第五話 電拳のシュウ
ディアンとミラについて→第七話 真相
ピョートルとエルケ→第七十八話 カラーズ
柊会について→第七十九話 龍王
ライザについて→第八十一話 荒川アウトサイダーズ




