第百七十三話 ポンとメイファ
東北の異人街冬岩には貿易の玄関口、冬岩港がある。港では日雇い労働者の求人が多数出ていた。移民や異人が溢れかえる活気のある街である。
冬岩には龍尾傘下の東龍倉庫がある。そこでは多くの異人を雇っていた。東龍倉庫の社長は五天龍、初代青龍のジェンカンである。白髪の痩せ型の男で、還暦が近い齢だ。現在は娘のメイファに業務を引き継いでいる最中であった。
その日、ジェンカンと百頭のポンは社長室で今後の取引について話していた。ソファーに座り向かい合っている。ポンの後ろには三人の難民がいた。先日の密航者である。
「最近、冬岩にギフターの姿が目立ちますなぁ、ジェンカン殿。先日の密航も苦労しました」
「ああ……うちの愚女が龍王の武闘派チームと派手にやり合ってね。協会本部が出張って来ているんだよ。ご丁寧なことに、副会長ご一行様がね」
ジェンカンが深い溜息をつきながら、キューバの高級葉巻を取り出した。
「なるほど、【禁忌の魔女】黒川亜梨沙ですか。どうりで邪悪なマナを感じるわけです。当分は大人しくしていた方が良いかもしれませんなぁ」
珍しくポンが顔をしかめている。すると部屋をノックする音と、女性の声が聞こえた。
「お父さん、入るわよー」
部屋に入ってきたのは二代目青龍のメイファである。
メイファは青系のグラデーションカラーのツインお団子が特徴的で、気が強そうな顔をしている。龍の刺繍が施してあるチャイナドレスを着ていた。
メイファはポンの姿が視界に入ると、思わず背筋を正した。
「老師! ご無沙汰しております……ちょっと、お父さん! ポンさんが来ているなら事前に言っておいてよね!」
「メイファ、お前は二代目青龍に相応しい立ち振る舞いを身に付けろ。武力だけでは部下はついてこないよ」
ジェンカンは葉巻を吹かしながら苦笑している。
「メイファ殿、先日は龍王の襲撃を退けたとか。いやいや、結構。父親譲りの旋風は健在ですなぁ」
ポンは目を細めて微笑んでいる。
「ポン殿、甘やかされては困る。この娘は力任せに風を操り排マナを大放出、挙げ句の果てには限界を突破し、龍眼まで使う始末……海岸を滅茶苦茶にして海の生態系を荒らした。これでは青龍の名が泣くというもの。まだまだ半人前ですよ」
「お、お父さん! あたしだって必死だったのにそんな言い方ってないわ! あの時だって娘が傷だらけで帰ってきたのに、お見舞いにも来なかったじゃない!」
メイファは親の前だと年相応の娘になる。表情や口調まで変わるので、部下に見せられる姿ではない。ジェンカンは額に手を当てて沈黙した。
「そう言えばジェンカン殿。最近、九州の籠鳥町で籐堂会の動きが活発だとか……」
ポンがタバコを吸いながら話題を変えた。
籠鳥町は九州一の異人街である。異人組織の縄張り争いが絶えない街だが、地元の暴力団が大きな勢力を持っており、複雑な勢力図を書き出しているのだ。
「その件に関してはシンに一任しているようだよ。あいつなら大丈夫だろう」
「赤龍のシンと言えばジェンカン殿の盟友にして龍尾設立メンバーの一人でしたな」
【赤龍】は龍尾五天龍の一人で炎のマナを纏う男だ。龍尾頭領リーシャの師匠でもある。
「あたし、あのおっさん嫌い。女にだらしない酔っ払いだもん」
メイファは舌を出して嫌そうな顔をしている。ジェンカンは何かを言いたげだったが、何も言わなかった。その表情には苦悩が滲み出ている。
「ところで、メイファ殿。確か従業員を増やしたいと言っておりましたな」
「はい、老師。三上拓哉と飯田伸介が辞めたので増員を考えています」
ポンは背後にいる三人の難民を見た。
「彼等を雇ってくれませんかね。寮を用意してくれるとありがたい」
「あの……彼等は?」
「サルティ侵攻から逃れてきた難民ですよ。ストレンジャーではないが、多少はマナを使う。いかがですかな」
メイファは難民達を見た。男二人、女一人、年齢は二十代である。
「お前達、日本語か中国語、英語は話せるか?」
メイファが問い掛けると、難民達は頷いた。
「よ……よろしくおねがいしまス。力仕事……大丈夫でス」
「そうか、早番の荷揚げスタッフで雇おう。今から部下を呼ぶ、寮に案内させよう」
メイファはスマートフォンを操作して、側近のウェイと連絡を取った。
「ありがとう……ございまス!」
難民達が抱き合って喜ぶ姿をポンは満足げに見ていた。
【参照】
サルティ侵攻→第四十九話 誓いの炎
禁忌の魔女について→第百六話 取引
東龍倉庫・冬岩港について→第百三十一話 東龍倉庫
三上と飯田→ 第百三十二話 闇龍
初代青龍について→第百三十四話 初代青龍
メイファと龍王の戦闘→第百三十八話 青龍の宣戦布告
傷だらけになったメイファ→第百四十話 山背と舞う龍
九州の籠鳥町→第百五十八話 悪党の流儀




